■ 体を動かす ― 体育 ― これからは?■

 およそ50年前、私が小学校の時受けた体育の授業を思い出しています。広い校庭に大きな銀杏の木が一本立っていて、その南側に野球のバックネットがあり、そのそばに砂場がありました。校庭の情景は思い出されますが、体育の内容となると一体何を教わってきたのかぼんやりしています。かけっこはよくやらされました。のぼり棒も少し使いました。プールは勿論なかったので、夏になると近くの神流川までみんなで歩いていってよく泳がされたものです。

 こう考えてみると、半世紀の昔のことだから思い出そうとしても無理なのでしょう。これといって鮮明に覚えているものはありません。しかしながら、団塊の世代に生きてきた私たちは、走っても、投げても、跳んで歩いても、恥ずかしくない記録を残してきましたし、周りの人たちもそれなりに認めてくれていました。
 それは学校の体育の時間だけが体育ではなくて、放課後も休日も長期休業中も毎日毎日が体育だったのです。生活の一年中が体育の時間で身体をおもいっきり動かしていました。
 勿論、テレビ、パソコン、ゲーム機があるわけでもありません。ラジオのある家も珍しかったくらいです。とにかく電気に頼ることが全くできなかった時代ですから、遊ぶものは自分でせっせと作り、動力はごく自然に任せていたから、自分の身体を動かすことと足に頼るしかなかったのです。
 木を輪切りにしたタイヤを付けた自家用車を一台ずつ作り、山の天辺まで、それを担ぎ上げ、下り道を突っ走る。それも一台や二台ではありません。七台も八台も連なって暴走するのです。カーブを曲がりきれず崖から墜落していく者、転倒する者それぞれです。血が流れても涙が出てもすぐ復帰します。本当に楽しいんです。経験した者だけが分かるんですが・・・。こういう遊びをして傷だらけ血だらけで帰っても、親が何とも言わないのが凄いと思いませんか。子どもにとったらまたやる気が出るんですよ。
 やがて冬を迎えて川に氷が張り、そして斜めになった段々畑に大雪が積もると、すぐ竹林にいって竹を切り、スケート、スキーを自分で作って滑りまくるのです。手が霜焼けで真っ赤に腫れ上がり、あかぎれで血が滲む、それでも夢中になって遊ぶのです。
 夏になれば、谷底を流れる神流川が無料のスイミングスクールになります。先生こそいませんが、何から何まで細かく教えてくれるのが高学年や中学生の自分より年上の先輩たち、まさに先生です。魚の捕り方、餌の種類と仕掛け、呼吸の仕方、そして生命の危険についても教えてくれるのです。またそれらを自分の後輩に教えてあげる、実にうまく機能していきます。

 とにかく、昔の先生がちゃんとした体育を教えてくれたかどうかはいまだに疑問です。戦後間もなくできた教育課程どおりに教えてくれたんだと思いますが、毎日毎日がどの家も体育の時間でしたから、改まって教授されなくても自然に体力がついていたので、許容の範囲であったのでしょう。
 今は、体育の授業にしろスポーツテストにしろ先生方が一人ひとりの子どもの体力差、生活環境等を常に意識して、細かな配慮の上に成り立っています。
 子どもたちをもっともっと野外で遊ばせ、基礎体力もっとつけて欲しいというのが私の願いです。同時に食生活にも気をつけて、元気でたくましい子どもに育ててもらいたいと思っています。