小さなサムライ 学校長 熊田 松雄
月曜日、週の始まり。朝会に立つ。
一斉に子どもたち800名の顔がこちらに注目する。
全体をひとしきり見渡して、さあ、あいさつをしようとスタート。
わずか5分あまり、心からの発信をしていく。
「いじめ」「いのち」「生きる」ことを、子どもの心のやわらかな部分に向けてメッセージを送る。しっかりと感じ取れるように、静かにゆっくりと話しかける。どこまで届くのだろうか。いや、どこまで届いただろうかと思いつつ。子どもたちは実によく聴いている。果たして、子どもの心をゆらすものになったのだろうかとまた自問自答する。
教室にもどれば、先生からもひと言あり。今回の「いじめ」の問題にしても、それぞれの教室で真剣に話し合われた。
いじめの芽は気づかずば、すぐ出る、すぐ伸びる。人間の業(ごう)のようなものすら感じる。だからこそ、人間として生きていく以上、それに立ち向かっていくしかない。
これからも学校は教室で朝会で発信し続ける。家庭や地域にあっても人としての生き方を子どもたちに語り続けてほしい。
私たちは子どもたちの持つ健気(けなげ)さ、やさしさを信じる。大人と比べて生活体験が浅いのになんと百戦錬磨の強靱(きょうじん)さを持っている子どもたちと出会う。まさしく子どもは小さなサムライと思えてくる。
先日、教え子の結婚式に招かれた。その子にとって小学校時代がいつも新鮮であざやかな想い出として残っているという。それが社会人となった今、がんばる力となっているというのだ。自分の晴れの式にぜひ先生を呼びたいとまで思っていたというのだから有難い。
今、ここでこうして子どもたちと苦楽をともにする意義もこんなところにあるんだなあと思った。