「どうぞ」と「ありがとう」精神 学校長 熊田 松雄
今年は暖冬だというが、さすが朝夕は寒い。 朝、昇降口で子どもたちを出迎えていると、寒い寒いを連発しながら登校してくる。そっと手を差し出すと、「わぁ、校長先生の手ってあったかい! 」とかけよってくる。生来(せいらい)、ありがたいことになぜか、手足がいつもあたたかいのだ。子どもたちが云うには手袋よりも私の手のひらの方があつたかいという。「どうぞ」「どうぞ」と両手をひろげれば、あちらこちらから手が伸びてくる。ワンタッチあり、ふかぶか握(にぎ)りあり、それぞれの個性で接してくれる。気が済めば、「ありがとうございます」と笑顔で教室へ向かっていく子どもたち。 これで、子どもから有難(ありがた)いと思われるのですからうれしい限りだ。こうして、冬の朝はスタートする。
「どうぞ」というのは思いやりのこころ
「ありがとう」というのは感謝のこころ
子どもたちの身近でこのこころがたくさん行き交う(いきかう)ことを願っている。
「消しゴム貸して」といわれて、「どうぞ」と答える。「どうぞ」といわれて貸してもらえるとうれしい。だから、自然に「ありがとう」の言葉が出る。学校生活を楽しいものにするには、この「どうぞ」精神が必要だ。
冬の日差しが差し込む教室。まぶしいほどにいたい。ひとりの子がさっと立ってカーテンを閉めた。すると、周りの子から「ありがとう」の声があがる。ほめられようと思ってやったのではない。気づいたからやっただけのことだ。この教室には「どうぞ」「ありがとう」精神があふれている。
家庭での手と心のこもった食事はうれしい。「どうぞ、めしあがれ」の親の思いに、「ありがとうございます。いただきます」の感謝の言葉が出る。子にありがたがられる親になりたや。やはり、思いやりのこころは思いやりを育てる基(もと)になるのだ。