学校だよりのバックナンバーを掲載しています。
![]() 2008年6月号より |
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夏休み、たっぷりの家族の団欒を
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![]() 2008年6月号より |
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できることから
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![]() 2008年5月号より |
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こころ ゆたかな きくなの子 柔らかな新緑が美しい季節となり、校庭には元気よく鯉のぼりが泳いでいます。キラキラ輝く光の下、子ども達も屋外での遊びが一層楽しくなります。互いに声をかけ合って、大勢で思いっきり体を動かして遊んでほしいものです。 ![]() ≪具体目標≫ T 笑顔であいさつ! U 読書活動の充実 V Yokohama International Communication Activities (YICA)等、授業の工夫・改善 |
![]() 2008年4月号より |
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ご入学、ご進学おめでとうございます 暖かな春の光を受けて可愛い一年生が入学してきました。在校生もそれぞれ進級し、一人ひとりが新たな希望や目標をもち、「今年もがんばるぞ!」と意欲に溢れていることと思います。 酒井校長先生の後任として、4月1日に着任いたしました早渕幸子でございます。前任校は、西区の戸部小学校です。どうぞよろしくお願いいたします。 4月2日、出勤してきましたら、散り始めた桜の花びらを、丁寧に掃いてくださっている方がいます。鈴木アサ子様でした。お話を伺いましたら、菊名小学校の中をお掃除してくださって、なんと23年にもなるとのことです。また、子ども達の安全確保のために活動してくださっている「学援隊」の皆様、読み聞かせボランティアをしてくださっている「まごころの会」の皆様、落ち葉掃きのボランティアをしてくださっている皆様・・・・・この他にも、きっとまだまだ様々な面で支援してくださっている方が大勢いらっしゃると思います。 このように多くの保護者・地域の皆様に支えられている菊名小学校に着任しましたことを、大変嬉しく思います。同時に、地域の中で見守られて生活している子どもたちも本当に幸せだと思います。これから、皆様方とお会いできることを楽しみにしております。
学級担任をしていたころ、子どもたちと一緒に左の詩をよく読んでいました。自分の弱いところも、苦手なことも、安心して出せる学級、誰もが構えずに素顔のままの自分でいられる教室であることは、学級経営の基本です。そして、みんなで力を合わせて一つのことをやり遂げる楽しさ、心地よさをたくさん経験して、自分のよさも友達のよさも認め合いながら、互いに成長してほしいと思います。 直接目を合わせて対話するよりも、メールで自分の気持ちを伝えることが多いと言われる現代ですが、互いに自分の素直な心を「自分のことば」で語り合いながら、人と人との出会いやかかわり、つながりを大切にする子どもに育ってほしいと願っています。 本校の全ての学級が、子どもたちの心が開かれ、よさを発揮して生き生きと生活できるよう、職員一同力を尽くして参ります。 今年度も、保護者、地域の皆様のご支援、ご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 |
![]() 2008年3月号より |
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春待つ心 「啓蟄(けいちつ)」(冬ごもりしていた虫たちが、地上に出て活動を始める)季節となりました。「もうすぐ春ですね。」 冬が暖かかった今年、野の虫たちは、日だまりでさぞ活発な活動を繰り広げているだろうと想像していたところ、意外とそうでもないことを、動物学者の日高敏隆さんが、ある書物で述べていました。日高さんによれば、多くの虫にとって冬の寒さは必要不可欠なのだそうです。枯れ葉や朽ち木の下で休眠する虫たちは、5度以下の低温にさらされることで、春を迎えるための変化が体内で進みます。チョウの場合、寒い時期を十分に過ごせなかったサナギは、卵もあまり産めない、ひ弱な成虫になってしまうそうです。 そんな文を読んでいて、私たち人間世界を考えてしまいました。母親にしっかり守られ、冬の寒さもあまり体験していない子どもでも、やがてはそこから出て行く時がきます。しかし、外の世界は、競争 社会だ、グローバル社会だと言われる、複雑で厳しい環境です。単純な人間関係の中で育ち、多様さや複雑さへの対応力に乏しい子どもが、そうした環境に順応するのは容易ではありません。 1年生の国語の教科書に「どうぶつの赤ちゃん」という教材があります。ライオンの赤ちゃんと、しまうまの赤ちゃんとの、生まれた時の様子の違いを読み取る学習です。子ども達は、ライオンの、のんびりした成長の様子に比べて、しまうまの赤ちゃんは生まれた時にはもう山羊くらいの大きさであること、目はあいて30分もすると自分で立ち上がり、翌日にはもう走り出すこと、一週間もすると自分で草を食べ始めること等を読み取り、自分やライオンに比べてその早い自立に驚くばかりでした。その感想の中に、「しまうまは弱いので敵にすぐ襲われてしまう。だからお母さんは赤ちゃんが一人でも逃げられるよう、一人になっても生きていかれるよう、子どもから離れているんだと思う。」と書いていました。きっと心の中には、自分が成長していく過程が描かれているのかもしれません。 これからの保護者に考えてもらいたいことの一つに、「サポーティブ・ディタッチメント」という考え方があります。これは、少し離れた状態から子どもをサポートするという意味です。逆にべったりと保護するのが「サポーティブ・アタッチメント」です。 例を挙げれば、教師が子どもを引率して登山する時に、先頭で指示をしながら登るのは「サポーティブ・アタッチメント」です。それに対し、後ろに付いて歩き、子どもが道を間違えても口を出さずに見守るのが「サポーティブ・ディタッチメント」です。危険を感じたら即座に対応する点において、ただの放任ではありません。ただ、言うは易く行うは難しですが、子どもの年齢が上がるにつれて必要なことですから、考えていきたいものです。 時は3月。学年の修了、卒業の月です。子ども達の「春待つ心」に、何かひとつ違った後押しをしてあげたいものだと考えている、ここ数日です。 |
![]() 2008年2月号より |
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おでんの王様は誰? 1月23日、この日は朝から凍えるような寒さ。でも子ども達には、嬉しい嬉しい「天からの小さなプレゼント」が用意されていました。今冬初めての冬景色に、子ども達はもう大喜び。中休みには、校庭にできた手つかずの真っ白な雪原めざして、たくさんの子ども達が一斉に飛び出していく様子が印象的でした。この日は、鍋が似合いそうな晩でした。 鍋といえば、過日、区PTA連絡協議会の講演会が公会堂でありました。講師はテレビ等で活躍されている「歌う料理人」こと、森野熊八さん。その中でこんな話が出ました。「皆さん、おでんの中で、王様って何だか分かりますか。大根や卵やジャガイモや昆布は、おでんの中でなくても、他でも活躍の場はたくさんありますよね。しかし、王様はこの中でのみ活躍し、存在感があるのです。」 皆さんはお分かりになりましたか。その答えは「竹輪麩」だそうです。そう言えば、竹輪麩は、それ自身あまり味が無く、それだけではあまり美味しくはありません。でも、おでんの中に入ると、とても存在感がある味になるんですね。 私は早速この話を、1月21日の朝会で披露してみました。この日も寒い朝で、おでんの話には絶好の日和?でした。「おでんの王様は誰だか知ってる?」子ども達は一斉に、大根・昆布・卵・巾着・ロールキャベツ……と挙げていきましたが、やはり竹輪麩は出てきません。そこで、おもむろに「じつはね、…」とやっていったわけです。(私はあの日、森野熊八さんのおでんの話を聞きながら、子ども達の顔を思い浮かべていました。) 竹輪麩はそんなに目立つ存在ではありません。むしろ控えめな食材です。そんな彼が一旦おでんの中に入ると、様々な食材と混じり合いながら、そこから染み出てくるエキスを自分に頂きながら、いつの間にか自分の味を出しています。過度な自己主張も無く、仲良く暮らしていく中で、他の誰にも出せない自分らしい味を築きあげているんです。一人ぼっちのようだけど、一人ぼっちじゃないんだあ。「竹輪麩って、素晴らしい。やっぱり、王様だ。」「なんか、みんなに似ているなあ。」というような訳で、朝会は終わりました。 何日からして、4年生のあるクラスから感想が届きました。 「今日のお話はおでんだった。おでんの王様は竹輪麩だった。理由は竹輪麩は他の料理にはあまり出てないけれど、おでんだとおいしくなるからだ。いろんな味がしみるからだ。竹輪麩は他の具のおかげで美味しくなっている。みんなの助けがあるから美味しくなるんだと思う。私は竹輪麩だと考えると、みんながいるから良くなるんだと思う。」 「心も体も温まる、温かい話をしてもらった。鍋料理でよく食べられるおでん。その中に王様がいるそうだ。あまり思いつかなかったが、それは竹輪麩だそうだ。理由は、おでんの中に入ると、きらきらと輝いて今までと違うものになると言っていた。前に朝会で話してもらったダイヤモンドと同じで、今はきらきらと輝いていなくても、いつかは違うように輝くという意味だと思う。竹輪麩と同じように、きらきらと輝く、きれいなものになりたいと思った。」 今日は何だかおでんが食べたくなりました。竹輪麩と話してみたくなりました。 |
![]() 2008年1月号より |
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もうひとつの「ありがとう。」 保護者・地域の皆様には、ご健勝にて穏やかな新年を迎えられたことと存じます。本年もまた、本校の教育活動に、ご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。 この頃、菊名小学校では、「ありがとう。」の言葉がとても素敵に使わているように感じます。何かをしてもらって「ありがとう。」だけではなく、誰かに誉められた時、素直に「ありがとうございます。」をかえす言葉を耳にすることが、最近多くなりました。12月、ある担任が出張でクラスを留守にしていた時のこと、たまたま廊下を通りかかった私が、「すごいなあ。自分たちで上手に自習できているじゃないか。素晴らしいクラスだ。」と声をかけたところ、一斉に「ありがとうございます。」の声。また別な日、こんなこともありました。朝、登校して来た女の子の頭に、手編みの色鮮やかな毛糸の帽子。思わず「すてきだねえ。」と言ったら、彼女、にっこり笑って「ありがとうございます。」と。とても気持ちのいい一瞬でした。 ところが、先月、門から玄関への道が一面落ち葉で覆われていた朝、自分達で箒を持ち出して掃いてくれていた女の子数人に、「ありがとう。とっても助かるよ。」と声をかけたところ、かえってきた言葉が、「いいえ・・・。ありがとうございます。」 ううん、これは前の二つの「ありがとう。」とは、ちょっと違いますぞ。何かしてもらったお礼に言う「ありがとう。」ではありません。では、どんな気持ちの表現だったのでしょうか。本人に確かめた訳ではありませんが、「喜んでもらえて、嬉しいです。」その嬉しさの表現が、思わず「ありがとうございます。」の言葉に置き換えられたのでしょう。 そういえば、昔、田舎にいた頃、近所のおばちゃん達が話していた会話の中にも、そんなやりとりがあったのを思い出しました。 「いやあ、こんまえは、忙しいのに手貸してくれて、ありがとうね。」 「いやいや、どうもね。ありがとさんよ。」 これはどんな意味でしょう。前者の「ありがとう。」は分かりますが、後者は、きっと、「私を必要としてくれて『ありがとう。』、声かけてくれて『ありがとう。』」だったのではないでしょうか。「ありがとう。」への「ありがとう。」です。 大人も子どもも「自分という人間の存在を認めてもらいたい。」「自分も社会から必要とされていたい。」「何か、人の役に立っていたい。」という思いをもっています。そして、ある時には、自分が必要とされる場面もあるのです。それらに気づく柔軟な目を育て、今年は、人間関係を、もうひとつの「ありがとう。」で繋いでいきたいものです。そして、みんなで、「ありがとう。」あふれる菊名小学校にしてきたいものです。 |
![]() 2007年12月号より |
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今までの中で、今の君が いちばんいいよ これは、ある書籍を見ていて、ふと目に留まった俵真智さんの作品です。きっと、好きな人に、自分が作ったサラダ料理を褒められたのでしょう。それが自信となって、「サラダ記念日」を設定したに違いありません。誰でも、褒められて嬉しくない者はいません。それが、多少お世辞交じりだとしても、自分を微妙にくすぐります。 私にも数十年前、小学生時代がありました。全校写生大会という催しが毎年あり、ある時、町に一軒だけある工場と高い煙突、向こうに見える山並み、そして高い広い空、それらを組み合わせて風景画を描きました。それを後ろから見ていた担任が、 「いやあ、これはいい。普通だったら空は青く描くのに、おまえは見て感じたままに描いている。これはいい。」 私は別に感性が豊かであった訳ではなく、ただ、空が白っぽく見えたから、そう描いただけの話なのですが。でも、それ以来、私は絵が好きになりました。そして、自分で言うのも何ですが、上手になって来たような気がしたのです。まさにあの日が、私にとっての、「絵記念日」となったのです。さて、お宅のお子さんは、いくつの記念日をいま持っているでしょうか。 子どもは、自分のことをよく知りません。自分はどういう人間なのか、どんな素晴らしいものを持っているのかを知りません。周りからの言葉で自分に気づき、自分を知り、褒められて自分を向上させていくものです。それが、身近な親だったり教師だったりしたら、なおさら感じるところも多いことでしょう。 しかし、親は自分の子どもの将来のことを考え、あれもこれも、身に付けさせておかねば、とその子どもに元々ないものまで期待し、叱咤激励しがちです。子どもは、それでも、親の期待に応えようと、必死に努力します。(意識しているかどうかは分かりませんが。)それが、ある時につまずき、自信を失い、自己有用感が消滅し、そして落ち込んでしまう、そんなことも、時にはあるかもしれません。 こんな小さな子が、健気にも日々一生懸命生きて、成長し続けています。そして今、まだ短いけれど、その人生のピークにいるのです。いいじゃないですか。無いものを期待するより、今有るものを見つけて、知らせてあげれば。見つめればたくさんあるのですから。 お父さん、お母さん、あなたの子どもさんは、今、人生の中でいちばん輝いています。だから言ってあげてください。「今までの中で、今の君がいちばんいいよ。」と。そして伝えてあげてください。「自分はどんな人間で、どんな長所を持っている人間なのか。」に気づくように。 |
![]() 2007年11月号より |
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ダッシュ 副校長 江田 久美子 この時期、菊名の街はどこを歩いてもどこからとなく、金木犀の芳香が漂ってきます。源の木はどこにあるのだろうとその方角を探って見渡すと、おどろくほど高い空が頭上に広がっています。町並みと空、それをやさしく包み込む金木犀の香りに心がなごみ、思わず笑みがこぼれました。菊名小学校の子どもたちの姿にも、街の姿と同じように、大人たちは心なごみ、笑みこぼれることがたくさんあります。その一つに今でも目に焼きついている一場面があります。 空気が澄んで、日差しは強いけれど、日陰に入ると、ひんやりと涼しい風が吹いていたころのことです。2年生の子たちがまち探検に出かけました。水筒に虫かご、探検バッグと大荷物です。グループごとに集まって、今日の探検の場所の話をしたり、忘れ物がないか確かめたりしています。いよいよグループが動き始めました。と、その時、突然、一人の子が進行方向に向かってダッシュをしたのです。肩に下げた荷物をカタカタ言わせて全速力で走ります。「どうしたの?」と周りの子や私はびっくりして追いかけました。すると、その子は、「ついて来ないで!」と振り返って叫びます。そうはいきません。私たちも必死で走ります。ついに、その子は、走るのをやめて、かがみこんで座りました。一体何があったのか。必死の様子からうれしくてはしゃぎすぎたとも考えられません。どうしたのかな。 追いついて、私の見たものは、ほどけた靴紐を結びなおす彼の姿でした。自分のせいで遅れたら悪いと思った彼は、靴紐をなおす間、待たせないようにどうしたらいいか考えました。そして、見つけた答えが「ダッシュ」だったのです。自分がはやく行って靴紐を結んでいる間、みんなにゆっくり追いついてほしかったのです。不器用だけど、自分で考えた方法でみんなに待たせないようにした姿にうれしくなって、そこにいた子たちと私は大笑いをしました。 子どもたちは、学校という集団の生活や学習の中で、自分一人で考えて判断して行動しています。でも、大人と違って、経験が少ない分、判断して行動したことが大人から見ると、とんでもないことだったり、周りに迷惑をかけたり、わかりにくかったりすることもあります。子どもたちは、その時、教師や友達と「そうか、そう考えたんだね。」「でも、こうすると、もっとよかったね。」「よく考えたね。」と一緒に考え、学びます。大人として社会の中で行動する練習のときです。ここで始めから指示をしたり、すとんと納得できる反省ができなかったりすると、せっかく自分で考えて動き出した子どもたちは萎縮し、動かなくなり、指示を待つようになります。 今日も子どもたちは、心と体を精一杯働かせて考えています。そして、自分の「ダッシュ」をあちこちで繰り広げています。私たち大人はそれを笑みこぼれながら見守っていきましょう。 |
![]() 2007年10月号より |
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「しつれいします。」 校長 酒井 勲 職員室の入口に、次のようなカードが貼ってあります。
もう何度も職員室を訪れている上級生は、上記のことばだけでなく、その内容に応じたこどばで流暢に話して入ってきます。まだあまり場数を踏んでいない子は、緊張しながら、そしてまた口ごもりながら、やっと聞こえるような声で入ってきます。初めてこれを体験する子は、ドアの前で何度も小さな声でつぶやき、練習してから入ってきます。時には、固まった二人の一年生が、しっかり手をつなぎ、必死に声を出している場面にも出くわしいます。ここはある意味で、子どもにとっての「ことばのバリアゾーン」かもしれません。 |
![]() 2007年9月号より |
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「みんな、おかえり。」 校長 酒井勲 例年にない猛暑が続いた夏休みが終わり、今日からまた学校が始まります。子ども達の元気な声が、教室や校庭に戻ってきました。「みんな、おかえり。」 |
![]() 2007年7月号より |
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「緑のカーテン」育てよう 校長 酒井勲 いよいよ7月、暑さも本番を迎え、子どもにとっても夏休みが待ち遠しい季節となりました。この暑さに入る前、PTAの方々のご協力により、ここ数年収集されてきたベルマークをもとに、第二校舎と特別教室に待望の扇風機が設置されました。かぜのない日などは、この涼風がほっと息をつかせ、次の学習意欲につながっています。本当に心から感謝です。 |
![]() 2007年6月号より |
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子どもたちは考える。みんなで考える。そして、動き出す。 副校長 江田 久美子 若葉の陰から顔を出した小さなピンクのさつきの花に、「やっと咲いてきたね。」と声をかけて、菊名の坂を上る頃になりました。初夏の風が吹く、よく晴れた日々、子どもたちは、校庭いっぱいに広がって、スポーツフェスティバル当日にみんなの力が発揮できるように練習しています。
菊名小学校では、毎月第3水曜日の6時間目に、「菊名小学校代表委員会」という子どもの会議が開かれます。代表委員会は、5・6年生の運営委員と4年生各学級代表2名で組織されています。学校生活がよりよく、より楽しくなるように、考えを出し合い、実践し合っている国の政治でいえば国会にあたるものです。4月・5月とすでに2回、代表委員会が開かれました。話し合いの中心は、今年の子どものテーマを何にするか、それをどう実践していくかです。 「あいさつは、菊名小にとって大切なもの、あいさつっていう言葉は絶対入れよう。」 「でも、ただあいさつすればいいっていうものではないよね。」 「あいさつは、した人もされた人も気持ちいいよ。そんなあいさつがしたいよね。」 「あいさつでなかよくなるとみんなにこにこでしょ。わらってという言葉はどうかな。」
さらに、「あいさつ週間がなくてもあいさつができる 菊名小をめざそう。」「毎日の生活の中で、高学年が率先して取り組んでいこう。」と話し合われました。
今、菊名小の朝は、子どもたちの元気な「おはようございます」で始まります。学援隊の方や教職員をみつけると、6年生が一番にあいさつをします。そして、他学年がそれに続きます。友達同士の親しげなあいさつも聞こえます。 学校全体がなごやかな明るさに包まれて、「子どもは考える。みんなで考える。そして、動き出す。」という菊名小の伝統が粛々と着実に育っていることを感じることができる、うれしいひとときです。
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![]() 2007年5月号より |
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「今年は これを進めます。」 校長 酒井 勲 菊名小では、学校教育目標とその具体目標を次のように掲げています。 |
![]() 2007年4月号より |
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あとの者が さきに 校長 酒井 勲 枝が見えないほど咲き装っていた桜花も、その中に緑の葉を交え始め、春の足の速さには驚くばかりです。季節は今「百花斉放」。 |
![]() 2007年3月号より |
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つながる命 校長 酒井 勲 過日、学区内にある動物病院の相原先生に、飼育委員会の児童向けに話をしにきていただきました。世話をしているウサギやニワトリの体の仕組み、世話の仕方等を教えてもらうためです。今回は、特別に動物用の聴診器をご持参くださり、ウサギやニワトリの心臓音を聞かせてもらいました。 |
![]() 2007年2月号より |
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両眼視座 校長 酒井 勲 最近のニュースが、目に、耳に入るたび、「またか」と思うような寒々しい事件が報道され、心が痛むことの多い日々です。私達大人は、こういう時代だからこそ、人の心の温かさ、信頼し合うことの大切さ、愛することの素晴らしさ、命の尊さを、意識して語り伝えなければいけないと思います。 |
![]() 2007年1月号より |
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伸びていく力 校長 酒井 勲 「明けましておめでとうございます。」 |
![]() 2006年12月号より |
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「分かった。できた。もっと学びたい。」 校長 酒井 勲 菊名小学校では、少人数指導を取り入れた、一人一人の個性や能力を引き出す学習形態の研究を続けていますが、今年度は、算数科を基にして実践しています。(低学年は、指導者の人数や児童の適応性などから、一学級2名にティームティーチングによる指導、担任による一斉指導を実施しています。) |
![]() 2006年11月号より |
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お か え り 副校長 江田 久美子 菊名小学校の柿やざくろの実が色鮮やかに実り、からすがさっそく目をつけて啄み始めています。昔の人は、柿などの実を全ては採らず、鳥たちのためにいくつかは残しておいたと聞きます。きっとそのときを鳥たちもじっと待っていたのでしょう。 |
![]() 2006年10月号より |
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![]() 2006年9月号より |
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![]() 2006年7月号より |
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![]() 2006年6月号より |
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![]() 2006年5月号より |
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![]() 2006年4月号より |
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