北方小学校学校だより
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  9月までは夏のような暑さが続いておりましたが、10月に入ったとたんに、すっかり秋の気配になりました。皆様におかれましては健康にお過ごしでしょうか。
 さて、先日の土曜日の授業参観並びに秋のコンサートには大勢の方のご出席をいただき誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます。また、コンサートの折には座席が足りなく、体育館には満員の状態で多くの方に立ってご覧いただいたこと誠に申し訳なく思っております。それにしても、子どもたちは多くの保護者や地域の方々の見守る中、日頃の自分たちの学習の成果を披露できて、きっと満足がいっただろうと思います。どの子の顔もやり遂げた満足感でいっぱいでした。最後の言葉でも申しましたが、1年生から6年生まで一堂に会して発表をすると、本当にそれぞれの成長を感じずにはいられません。1年生と2年生はこうも違うのかという感じがしましたし、さらに3年生は、4年生は・・・と小学校6年間の成長の大きさを痛感いたしました。とにかくどの学年もしっかりと大きな声で歌う姿はすばらしいものでした。
 ところで歌はその人の心までも変えてしまうこともあるようで、「そこに私はいません。死んでなんかいません。光になって、鳥になって、星になって・・・」と歌う『千の風になって』もずいぶん身内を亡くした人々の心をささえていると聞きます。私も18歳で母を亡くし、20歳で父を亡くしたのですが、その後東京に出てきた私の心のささえの歌は「うさぎ追いしかの山」で始まる、童謡の『ふるさと』でした。3番の歌詞に「こころざしを果たして」とありますが、校長になったこの夏、父母の33回忌をするために、6年ぶりに息子たちを連れて、故郷大島(長崎県)に帰りました。そして久しぶりに墓参りをしたのですが、数年ぶりに帰郷したというのに、私の家の墓はとても綺麗に掃除が行き届いていました。花もいけてありました。島は今、お年寄りの割合が多く、私の時は700人ほどいた小学生も今は70人足らずだそうです。そんな中でお年寄り同士助け合って生活をしているのです。私の家のお墓が綺麗なのも、お墓参りをしているお年寄りの人たちが、「角野屋は誰もいないからな。」と言って、お墓に行った時にそういう家のお墓の掃除等をやってくれているそうです。自分さえ良ければいいという風潮が強い中、今の世の中が忘れ去ってしまった何かを思い出させてくれたひと時でした。本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 今の教育にも、故郷で見たこの光景を取り戻す必要を痛いほど感じた帰郷になりました。

〜ふるさとの墓参り〜

10月学校便り