<2002年度分>
バックナンバー: 2007年 06年 05年 04年 03年 02年 130周年記念行事
|
3月 |
卒業式 修了式 |
|
2月 |
|
| 1年 好きなもの 3年 わくわく日記から | |
|
1月 |
|
|
12月 |
|
| 二学期心に残ったこと・ドキドキしたこと・すきなこと | |
|
11月 |
|
|
10月 |
|
|
|
|
|
9月 |
|
|
8月 |
水泳クラブ |
|
7月 |
4年体験学習 4組宿泊学習 |
|
6月 |
|
|
5月 |
|
4月 |
始業式 入学式 1年生を迎える会 |
○むつうらフェスティバル(1年)
わたしは、むつうらフェスティバルで、おてだまやさんをしました。とてもたのしかったです。
ぼくは、むつうらフェスティバルのけんだまのおみせやさんをやりました。けんだまでは「もしもしかめよ」をやりました。
わたしは、お手だまのなげながらとるのと、ふつうのお手だまをおしえました。小さい子や大きいともたちができないと「これなあに」ときかれて、ちゃんとおしえました。
○たのしかったみんなのお店(2年)
わたしは、わなげコーナーをやりました。さいしょのほう、おきゃくさんが、すごくきました。さい後のほうは、ようち園生の子が、たくさん来ました。ようち園生より下の子をだいて、やりやすいようにしてあげました。わたしのおとうとがやるとき、ちょうど、おわりになりました。
後半には、さいしょに1年1組のおてだまをおしえてくれるところにいきました。うまくできたので、じょうじょうをもらいました。そのあとは、図工室で、たけぶえを作ってもらいました。さいごは、2年1組にいきました。さいしょは、わなげにいきました。二番目は、さかなつりに行きました。つぎは、ビー玉ころがしに行きました。2年1組では、さい後、出口のところで、すきなプレゼントをもらいました。メダルをもらいました。とてもきれいでした。もう一ど、六浦フェスティバルをやりたいです。
○いろいろいろいろフェスティバル(3年)
わたしは、六浦フェスティバルで「三年とうげ」のげきをやりました。他の学年のいろんなだんたいの出し物もおもしろかったです。
私は、後半にげきをやるので、まずあそびにいきました。さいしょに一年生。いろいろなお正月の遊びをたのしめました。二年生。なつかしいあそびがいっぱいありました。そして、図書室。しゃ真たてを作りました。むずかしかったです。
さて、やっと後半です。ところが、もうすぐ「三年とうげ」なのに、お父さんとお母さんが来ていません。「来ないかなー」と待っている間に、ステージにのぼってしまいました。しんぱいしていたら、やっとお父さんたちが来て、ホッとしました。しかも、そのことばかり気にして、きんちょうをわすれていました。
そして本番。わたしは、練習でやったことをじゅうぶんに思いだし、えんぎをしました。つっかかりそうなところもあったけど、せいこうしました。
わたしは、セリフをおぼえたり、げきをやったり、発表をしたりするのが大すきで、今回のげきも、すごくおもしろかったです。今度は、もっとむずかしいげきをやってみたいです。
○六浦フェスティバル(4年)
今日は、まちにまった六浦フェスティバル。ぼくは、今日の朝起きてこう思いました。
「やったー。今日は六浦フェスティバルだー。よし、ぼくは、二分の一成人式をがんばるぞー。」そうして、朝ごはんを食べてから、学校に行きました。
とうとう二分の一成人式が始まる時、ぼくはびっくりしました。それは、体育館にすごい人がいるからです。それで、二分の一成人式が始まって、ぼくが「十才」という場面が、緊張して練習とは違って、小さい声になってしまいました。ぼくは「次は、ぜったいに練習より大きい声を出すぞー」と思いました。
それで、次にぼくの番がまわってきたとき、ぼくは「失敗しないようにがんばるぞー」と思いました。そう思っていたら、失敗しなかったです。それで、二分の一成人式がぶじ終わりました。
○六浦フェスティバルをやって(5年)
私は、六浦フェスティバルはつまらないだろうなと思いました。でも、じっさいにやってみると、とても楽しかったです。お客さんに教えると「がんばったね」と言ってくれました。その時、今までがんばってよかったなぁと思いました。おしえると、お客さんがよろこんでくれるのがよかったです。
「手と心で伝えよう」が5年生のテーマでした。島野さん、永沢さんが来てくれて、私たちに教えてくれました。手話は難しいものもあるけれど、人の心をあらわしていると思いました。指文字もだいたいおぼえられて、とてもよかったです。六浦フェステイバルをやって、本当によかったと思いました。
○六浦フェスティバル(5年)
六浦フェスティバルで、三匹の子ぶたの物語を手話でやった。せりふを言いながら、手話をするのは初めての体験だった。
ぼくは、せりふが少なかったので、手話をおぼえるのは簡単だった。福島くんはナレーターなので、あらすじや手話をおぼえるのはたいへんだったと思う。
一回目の公演した時、別に笑いをとるつもりではなかったけれど、クラスメイトや親たちに、大うけだった。
気の合う仲間どうしでやった手話は楽しくできた。来年もこのようなおもしろくて楽しい手話がやれると良いなぁと思った。
○上手に発表できた六浦フェスティバル(6年)
私は、二学期から総合で研究していたダックスフントのことを六浦フェスティバルで発表しました。
前半は、四年生の「二分の一成人式」を見に行きました。四年生のみんなは、将来の夢や自分の宝物などを発表したり、リコーダーや歌を歌ったりしてくれました。
後半は、いよいよ私の番です。最初の五分は、なかなか人が来なかったけれど、三十分ぐらいたって、四年生のみんなが私の発表を見に来てくれました。みんなしっかり説明を聞いてくれて、帰る時には「がんばってねー」と言ってくれました。うれしかったです。
去年までは、子ども祭りだったけど、今年になって六浦フェスティバルに変わったのが、最初はすごく大変そうだと思っていました。でも、研究はすごく楽しかったです。今までで一番楽しい総合学習発表会になってよかったです。
◇二学期心にのこったこと・ドキドキしたこと・すきなこと…
一番の思い出は体験学習だけど、一番うれしかったことは運動会の徒競走で一位だったこと。今年初めて1位! ギリギリの1位! 来年は一番速い組に入りたいです。がんばるぞ! (5年)
10月にいねをかり、お米を白米にして、11月に作って食べたらすごくおいしかった。体験学習に行って南部市場を見学したり、シーパラに遊びに行ったりして楽しかった。三学期は、またいっぱい思い出を作って楽しくしたいな。 (5年)
わたしは、なわとび大会の日は、ドキドキしました。ほんとうは、1分だったけど、30びょうにかわりました。30びょうは、かんたんで、ひっかかりませんでした。ひっかかるかと、いっしゅん思ったけど、そのとき、「おわりです。」っていう声がしたとき、ほっとしました。とべた人ずうは、27人でした。いまでも、とべて、うれしいなー、心の中で、まだ、さけんでます。3年生なったら、1分30びょうです。「がんばろうっと!」大なわでは、さいこうきろくで87かいでした。「うれしいー!」ほんとうにたのしい一日でした。 (2年)
ぼくのすきなものは車のイプサムです。イプサムはきんとぎんがあります。そして中があそびばになって、みらあかばあもついている。テレビもみれるし、ぎんのくるまより、きんのくるまのほうがすごいんだ。ちずもあるし、ぎんの車は、上が見えるようになるくふうをしているんだ。きんとぎんのイプサムはきんがぼくのうちでつかっていて、ぎんはパパががいこくでつかっているんだ。いいでしょう。 (1年)
ぼくのすきなものはけんどうです。けんどうでBくらすをやっています。とちゅうからめんをつけます。そのあと一じかんもやります。ぼくは火よう日と木よう日をやっています。さいごにかかりげいこをやります。木よう日は、くるっぽんをしています。もうちょっとしたらAくらすにあがります。でも金よう日も先生に「やりなさい。」といわれます。金よう日にいくとAくらすの人とやります。Bクラスの人でもあたります。 (1年)
わたしのすきなものは、バイオリンです。わたしは、小さいころから、バイオリンをやっていました。だから、バイオリンがすきになって、ようちえんのときから、バイオリンがじまんになりました。バイオリンをならうのは、とてもたいへんだけど、バイオリンはすきです。でも、バイオリンのきょくはたくさんあるけど、そのぜんぶをやるんだ。だから、れんしゅうをするんだ。すごいでしょう。 (1年)
◇人権週間で子どもたちは、様々なことを学びました… 2002.12
○「とべないホタルピピ」を見て(3年)
さいしょにピピがとべないとき、「なんでかな?」と思いました。あとから、羽がちぢれていたからだとわかりました。
ほかのホタルたちは、みんなで夜の空を、きれいに楽しそうにとんでいるのに、ピピは地面の上でみんなのとんでいるところを、さみしそうに見ていているだけでかわいそうでした。
それから、あらしが来て友だちのキラは目が見えなくなって、もう一人の友だちのアイは光らなくなってしまいました。でも、キラとアイは、目が見えなくなる前とかに、高いところからけしきが見られたけど、ピピは、さいしょからとべなくて、一回も見た事がないから、もっとかわいそうに思いました。
ピピたちほたるのなかまは、クワガタの長老に言われて、あるかもわからない場所に行くことになりました。あらしでたくさん死んで生きのこった8ぴきだけでいったのがすごかったです。「ゆうきがあるな。」と思いました。
行った場所は、みんなが安心してくらせるところです。キラは目が見えなくて、ピピはとべないから、二人一組になって、がんばって行って「すごいな。」と思いました。さいごににじのかがやくきれいな場所があってよかったです。みんなのゆうきがみのったのだと思いました。90分のものがたりだったけど、あんまり長くはかんじませんでした。
○「5等になりたい」を見て(4年)
りっちゃんは、小さいころから足がとても悪かったのです。それが理由でいじめられていました。私は「だからこそやさしく親切にしてあげよう。そういうやさしい気持ちがその子たちにはないのか。」と、はらが立ってきました。「いつもバカにして、相手の気持ちを考えずにどうしていじめるの。」と、言いたくなりました。
日記の順番を決める時もりっちゃんが勝ったら「こいつはのろまだから、一番最後。」と言うのです。「自分がされたら。」と言う気持ちがやっぱりないんだ。他の人だって「賛成」なんて言ってひどい。注意すればいいのに。「りっちゃんがかわいそう。」そういうふうに思う所がいっぱいありました。
りっちゃんは、いろいろな人にささえられながらがんばっています。友達ともだんだん仲よくなり、幸せそうでした。こんなにたくさんの人にささえられている気分はどうなんだろう、前の気分とは、どのようにちがうのだろう。私は、りっちゃんの気持ちを考えました。
もうすぐ運動会。りっちゃんは、日記に「人は二種類の涙をもっている。うれしい涙と悲しい涙。ときょう走で5等になって、うれしい涙を流したい。」と書いていて、私は、うれしい涙をたくさん流してほしいと思いました。
友達に協力してもらい、一生けん命練習しているりっちゃんに「がんばれ。がんばれ。」と、私も一生けん命おうえんしました。
そして、運動会の日。みんながおうえんしてくれている中を、一生けん命にゴールに向かって走ったりっちゃんのすがたを見て、私は、涙がこみあげてきました。クラスのみんなの心が一つになったと感じました。みんなの心が一つになれば、どんなことだってできると思いました。
りっちゃん、よかったね。
○「マザーテレサのビデオ」を見て(5年)
現在は(日本では)勉強をきらいと言っている人が多いけど、みんな(インドの子どもたちは)勉強できることがうれしいと言っていてびっくりした。死を待つ場所で治療ができないのが悲しかった。それに死を直前にする人を見ることは慣れていないのはみんな同じだから、私が死を直前にした人を見たらたおれるかもしれない。ちょっとなみだがでてきたのです。
○「マザーテレサのビデオ」を見て(5年)
マザーテレサは、最初に路上で暮らしている貧しい子どもたちに字など教えていました。その時マザーテレサは、5ルピーしか持っていませんでした。ぼくはお金がなくても貧しい人を助けられるということを思ったマザーテレサをすごいと思います。
◇全校で「お・か・し」を守り、取り組んだ防災訓練 2002.11
消防署の方をお招きして、4階と3階にある避難袋を使った、防災訓練を行いました。避難するときの合い言葉は、「押さない・かけない・しゃべらない」略して「お・か・し」です。
最初に6年生がおりている時、すごーくきんちょうしたけど、やっと自分のじゅんばんがきて、きゅうじょぶくろに入ったら、自分の予想とぜんぜんちがってびっくり。
ゆっくりとくるくるまわっておちていきます。そのようすが、まるで長いすべり台のようでした。そんなことを思っている間に、下にいる先生が「あと2メートルですよ。」とこえをかけてくれました。最後にゆっくりと上を見て、「あんな所をおりてきたんだなぁ。と思いました。 (5年)
◇たてわり全校遠足 2002.10.29
全校児童が、たてわりグループにわかれ、海の公園まで遠足に行きました。行きは、徒歩で海の公園に向かい、海の公園では、グループごとに砂浜で遊んだり、砂の造形活動で海の動物などを作ったりして、楽しく過ごしました。そして、お弁当を食べ、シーサイドラインに乗って帰りました。
すなは、へんしんしたり、いろんなことができてすごい。おねえさんたちが、がんばっておしえてくれてすごくきれいにできた。(1年)
いろいろな人といろいろなかおのかめを四ひきつくったよ。いちばんたのしかったのはかめのおやこをつくるところだったよ。 (1年)
みんなやさしかったから、かめがじょうずにできたよ。でも、いちばんになれなかったよ。だけどすごくおもしろかったよ。 (1年)
みんなでおべんとうをたべて、とてもおいしかったよ。とくにおにぎりがたまりませんでした。まぁくんといろいろなことをしゃべってたのしかったよ。(1年)
わたしの一番楽しみにしていたことは、ビーチボールであそぶことでした。でも、風がふいていたからあそべなくてかなしかったです。でも、砂のぞうけいができてよかったです。わたしは、貝がらを海までとりにいったり、水もくみに行ったりしたから、けっこうつかれました。でも、シーサイドラインにのったから、つかれもとれました。とてもたのしかったです。 (2年)
わたしは、ぜん校たてわり遠足で海の公園に行きました。いきは歩いて行きました。
海の公園についてすなのぞうけいをやりました。それで、わたしはカメを作りました。だけど、本当は、おしろを作るはずだったのに、カメになってしまいました。それですごくうれしかったことは、一番いい作ひんにえらばれたことです。そのときは、ものすごくうれしかったです。
つぎは、おべんとうを食べました。おいしかったです。その後おかしを食べました。
そのつぎは、あそびだったけど、みんな男の子がいなくなってしまってあそべなくなってしまいました。だけど、シーサイドラインにのって外を見てみたら、海がピカピカ光っていました。とてもきれいだったし、はんの人と仲よくなれてよかったです。
また、ぜん校たてわり遠足で海の公園に行きたいです。(2年)
◇秋季大運動会 2002.9.28が 10.3に順延
○緊張したラジオ体操
ぼくは、運動会でプログラム1番のラジオ体操の係だった。みんなの台の上に立って。やる事がすごく心配だった。中休みの練習は2回しかやらなくて、覚えられなかった。台風のおかげで、運動会がのびて、前日になってやっとかんべきにおぼえた。台風がなかったらできなかったと思う。そして、運動会が始まった。
「プログラム1番、ラジオ体操。」ぼくは、急いで台にのぼった。ぼくは、すごく緊張した。でも、あっという間に終わって、やりおわったらなんかほっとして、いっきにぼくの不安はきえた。楽しい運動会だった。
(6年)
○初めての指揮
僕は、運動会の閉会式に歌う校歌の指揮をやりました。最初はできるか心配でした。先生方に教えてもらったり、ラジカセのテープをダビングしてもらったりして練習しました。二拍子と四拍子のきりかえるタイミングをまちがえたりしてむずかしかったです。
本番は、かなり緊張しました。けれど、なんとか本番は失敗しないでできました。YOSAKOIソーランもちゃんとできて楽しい運動会でした。(6年)
○ベストをつくした運動会!
前半は、委員会の仕事でいそがしくて大変でした。どの学年もいっしょうけんめいおどったり、走ったりしていました。特に1年生のおどりがかわいかったです。いろいろしているうちにソーラン節の順番がきました。図書室でメイキャップをして、用意をしました。あとは、せいいっぱいおどるだけです。おどっていると、はっぴのきごこちがよくて、おどりやすかったです。自分では、うまくおどれたと思います。おどった後、拍手があって、ホッとすると、もうお昼の時間でした。おべん当ではなくて、給食を食べました。
後半は、大玉送りが終わると、もう100m走です。私は、女子の一番最後で、リレーの選手が3人と補欠もいました。順番がくると、心ぞうがバクバクでした。スタートすると頭の中が真っ白で必死になって走りました。ゴール前でころびそうになったけど、なんとかゴールできました。私は3位でとっても満足です。
ソーラン節も100m走もきば戦も、私は楽しかったし、ベストをつくしたと思います。小学校生活最後の運動会は、白が負けたけど、大成功でした。(6年)
|
|
騎馬戦で ぼうしをとられず 勝ちのこれ |
6年 |
|
|
騎馬戦で 逆転したよ きせきかな |
6年 |
|
|
はっぴを着 ソーラン節に 熱はいる |
6年 |
|
|
運動会 最後はジンクス 破ったぞ |
6年 |
|
|
道具出し 少しおくれて たいへんだ |
6年 |
○楽しかった運動会
10月3日木曜日。朝起きたら、すぐにじゅんびをしました。ごはんを食べて、すぐに家を出ました。歩いていると、学校の近くまで来ました。ふと前を見ると、運動会のじゅんびがもうできていました。入場門、退場門、コースまで…。これは、がんばろうと思いました。
私が四年のやるきょうぎの中で一番がんばったのは、ダンスのエイサーです。入場する時、あわおどりをおどりながら入場しました。練習の時は、ドキドキしなかったけど、本番は校長先生、市民の方々などたくさんの人々がいたので、すごーくきんちょうしました。あわおどりをおどりながら、エイサーをおどる位置まで行きました。音楽が止まり、次にエイサーの音楽が始まりました。すごーくきんちょうしていたけど、きんちょうが少しなくなりました。練習と同じようにおどれるかな。少し不安になってきました。いどうしたりして、つかれたけど、なんとかできました。汗をたくさんかいたけどがんばりました。
(4年)
○運動会のときょう走
わたしは、運動会で一番きんちょうしたのは、一番目のきょうぎ、ときょう走です。おうえんがっせんの後、すぐにスタートの所にならびました。「次の人。」と先生に言われて立ち上がった時、とてもドキドキしました。「よーい。」というかけ声で、一番になれるかなと思いました。「ドン!」と同時に走りだしました。さいしょは、一番後ろから二番目で走っていました。走っていると中で、ぼうしがじゃまになったので、かぶりなおしました。
わたしは、「白組がんばれ。」と言っている所でちょっといやなかんじがしました。そこには、白組のおうえんだんのお兄ちゃんがせんとうに立って、白組をおうえんしていたからです。おととしも、きょ年も、白組どうしでおうえんしあっていたのに、今年はてきどうしでたたかっているのは、少しおかしいような気がしました。でも、わたしは、一番にならなくちゃと思いました。
そのうちに、まわりの様子がわからなくなりました。それにいろんなさけび声が聞こえてきました。そして、わたしはどんどんかそくしていきました。わたしは、1とうしょうでした。とてもうれしかったです。一年生の時は、ぜんそくでときょう走は休み、二年生の時は、2とうでした。そして、三年生の今年は、1とうでした。
家に帰ったら、お母さんが「エイサーもかけっこもかんどうした。」とほめてくれました。きゅう食のお昼だったけど、今までで一番うれしい運動会でした。(3年)
◇平和教育のビデオを見て
5.29横浜大空襲を受けての平和学習の一環として、「十六地蔵物語」というビデオを全校で見ました。
とても十六地ぞう物語を見ていて、すごくかわいそうだと思いました。みんな、私たちみたいにまだ小さいのに、戦争にまじってしまったところが、かわいそうでした。もし、自分が戦争にまじってしまったら、もうどうしようもありません。そんな子たちが、つぎつぎと死んでしまっていることを今日しりました。かわいそうでした。 (4年)
今日の朝、せんそうのビデオを見ました。くうしゅうでしんだ人がたくさんいたので、かわいそうだとおもいました。今は、すごくへいわだけど、ほかのくにでは、またせんそうをしているところもあるから、ぜいたくなくらしをぼくはしているんだなあと思いました。 (4年)
ビデオを見て、今は平和だけれど、昔は大変だったんだなあと感じました。朝鮮の人たちが、日本の言葉を話し、日本の名前に強制的にかえるなんて、当時の日本は悪いことをしていたことも知りました。戦争は、絶対にしてはいけないことだと思います。
いなかのほうには、子どもが集団そかいでやってきました。そして、こどもたちのとまっていたお寺が火事になってしまいました。いなかのほうは、安全だと思ってそかいさせられた子どもたちの命が、むだになってしまいました。このビデオを見て、どんなに平和がいいことかわかりました。日本は、今、平和でとてもよかったと思いました。けれど、昔あった戦争のこともわすれてはいけないと思いました。 (6年)
戦争をやっているときに生まれ育った人たちは、日本の決めることにさからえなくて、六才の子どもとはなれてくらさないといけなくなって、かわいそうだなぁと思いました。朝鮮の人たちを集めて、働かせて、朝鮮の言葉を使ってはいけなくて、名前も変えられてかわいそうだなぁと思いました。私だったら、お母さんがせっかくつけてくれた名前を変えるなんて、絶対いやです。朝鮮の人たちは、日本の子どもたちに「お前朝鮮人だろー。」と言われて、かわいそうだなぁと思いました。日本人にこき使われて、その上、差別をされるなんて、本当にかわいそうです。
子どもたちが家族と別れて、男の子は、徳島に行って、お寺にみんなで泊まった。この時代に生まれ育った子どもたちは、えらいなぁと思いました。こんなつらいめにあって、よくにげださなかったなぁと思いました。お寺が火事になった時、えいたは、仲間の子どもたちを必死で助けました。朝鮮人だからといって、差別をしてはいけないと、えいたの行動を見て、強く思いました。 (6年)
開校129周年の記念として、卒業生であり、現在野島神社の宮司さんである佐野さんから、在学中のころのお話を伺いました。
○佐野さんのお話を聞いて
今日、開校記念講話で、佐野さんにお話を聞きました。六浦小学校では、昔、火事があったそうです。もうこれからは火事がないようにしたいです。
ぼくは、ちょうど学校130周年記念の年に卒業します。学校とは119さいもさがあります。六浦小学校は、明治の初めからたっていたから、戦争があったり、関東だいしんさいがあったり、よく今までずっとあったなと思いました。すごいなと思って、自分もそのぐらいまで生きていたいです。
130周年記念のぎょうじをして、卒業したいです。たのしみだな。(5年)
○のげやまどうぶつえん <2年>
ふれあいひろばで、うさぎをだっこしたとき、ふわふわしたのがいちばんのおもいででした。ひよこも触りました。やぎもいて、たのしかったです。ひよころのあしがぶるぶるとふるえていました。うまれたばかりのひよこをさわったのは、はじめてでした。おべんとうもおいしかったです。
まゆかは、きろくがかりだから、オリエンテーリングのもんだいのこたえをかく人でした。いろんなどうぶつもかわいくて、たのしいえんそくでした。おかしもおいしかったです。
わたしは、木ようびにえん足にいきました。のげ山どうぶつえんは、どんなところかわからないから、たのしみだなとおもいました。
一ばんかわいかったのは、レッサーパンダです。二ばん目にかわいかったのは、日本タヌキです。三ばん目にかわいかったのは、ボタンインコです。
そのあと、ふれあいひろばにいきました。うさぎやモルモットやひよこがいました。さわったのは、モルモットとうさぎだけでした。だけど、すごくかわいかったです。じぶんちのうさぎよりも、おとなしかったです。
うさぎとモルモットがなかよしだったことをしりました。いつかモルモットをかって、うさぎとあそばせたいとおもいます。すんごくたのしかったです。
○楽しかった くらき公園えんそく <3年>
ぼくは、5月16日に、くらき公園にいきました。くらき公園ではいろいろなあそびがあって、とてもたのしかったです。その中でも、いちばんたのしかったあそびは、ロープにつかまって、シューっとやるやつです。さいしょは一つだけでしたが、あとになってから二つでやりました。それと、ほかにアスレチックで遊びました。
すこし雨がふっていたけど、たのしくてぜんせん気になりませんでした。今度は家族といっしょに行きたいです。
○先生にたよらないでがんばった遠足 <4 ・5年 合同遠足>
私は、水ようびえんそくにいきました。でも、そのえんそくは、ふつうのえんそくとちがう、代わったえんそくでした。
そのえんそくは、先生をたよりにしないで、自分やはんの仲間ときょうりょくしあう、というえんそくでした。いくばしょは、久里浜花の国というところでした。なので、電車をつかうのはとうぜん・・・・・それも、自分でお金をいれてキップをかいました。そして、電車にのっていき、久里浜駅につきました。
ついたとたん、こう思いました。「はー、きっとポピーがきれいなんだろうなー。このあとさかがあるけど、がんばるぞー。」そして、ポピーえんにつきました。そして、花をみながら、愛の鐘をついた!! そして、にもつをおいて、あそび場に走っていきました。そして、めいっぱいあそんだよ!! (4年)
○4、5年合同で行った遠足 < 4・5年 合同遠足>
今日は、4年、5年でえんそくに行った。場所は、久里浜花の国へ行った。その日は、とてもあつくて、たおれそうになった! 4年生の子たちとなかよくなった。きょねんも花の国だったけど、愛のかねというところには行ってない。そして、今日いけてよかった。また行こうと思う。 (5年)
○始業式 <始業式のとき、全校児童の前で発表しました>
二年生のときは、いろいろなべん強で楽しいことをおぼえました。その中で一番楽しかったことは、算数のべん強でした。はこの形をストローやねん土玉で作りました。もうひとつ、九九もはやく言えるようになって、楽しかったです。
三年生でも、もっともっとべん強して、新しいことをおぼえていきたいです。 (3年)
わたしはいままで、国語、算数、ほかにいろんなものを勉強しました。
わたしが一番すきなじゅぎょうは、図工の絵をかくことです。どうしてかと言うと、自分のすきなように、そうぞうしてのびのびかけるからです。ほかにもすきなものが、たくさんあります。
わたしは、三年生に勉強する、理科、社会もがんばって勉強して、すきになりたいです。(3年)
私は六年生になってすごく楽しみなことがあります。それは、修学旅行です。五年の時に、六年生からかまくらの修学旅行について発表してもらった時、すごく修学旅行が楽しみになってきました。それに、これは小学校生活一番の思い出になればいいなと思います。今からとても楽しみです。
あともう一つ、私はがんばりたいことがあります。私は今まで物事を最後までやらずに、ちゅうとはんぱにおわらせていました。でも、私はこれからは物事は最後までやって、きちんと終わらせたいと思いました。
私は、一年生に優しくしてあげたいと思います。私が一年のとき、六年生にすごくお世話になったので、私も新しい一年生に優しくしてあげたいと思います。もし、その一年生の中で仲良くなった子がいたら、一緒に遊んであげたいと思います。
私は、六年になって楽しみなことやがんばりたいことがたくさんあります。がんばりたいことは、ちゃんと六年でできるように、楽しみなことはそれが楽しくできるように、がんばって努力をしようと思います。 (6年)
Copyright (C) 2002-2003 Mutsuura Elementary School