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精進場の雨乞い
今でも「精進場」と呼ばれて名瀬のみんなに親しまれている場所は,昔雨乞いの儀式をする場所でした。妙法寺の半鐘を名瀬川の中までかついで行って,半鐘に水をかけながらお経を読み上げると,必ず一週間以内には雨が降ったそうです。 |
カナボウヤト
カナボウヤトは漢字で「金房谷戸」と書きます。昔は「カナボウヤトの土には金が入っている。雨が降ると雨水に混じって砂金がでてくる。」と伝えられていました。そのずっと前には「金ケ谷戸」(カネガヤト)と言いました。上矢部地区には,カナホリヤトの地名も残っています。 |
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白神社
白神社は名瀬の氏神様です。白神社で祭られている神様についてはいろいろな言い伝えがあります。お稲荷さんにお参りをした時に白狐を見たからという説と,神様が里人をいましめるために,白蛇に化身して現れて農地を荒らしたので,白神社をたてて祭ったという説があります。 |
蘭法医門倉玄春の生家
名瀬に生まれた門倉玄春は,病身のために幼い頃から江戸の親戚の家で養生していました。やがて医者を志した玄春は,蘭法(オランダから伝わった医学)を学び長崎で修業の後に大名の侍医になりました。師を訪ねて汽船に乗船した玄春は爆発事故にあい、おしまれながら37歳の生涯を閉じました。 |
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殿 畑
昔,越後国(新潟県)の領主だった風間信濃守信昭が本国をはなれて鎌倉幕府に仕え,名瀬に屋敷をかまえました。その屋敷の跡地がやがて畑に変わり,人々から「殿畑」と呼ばれるようになりました。昔は「との者 たけ」と書きました。殿畑のとなりに「車寄」(くるまよせ)という字名(あざめい)もありました。殿畑のいわれについては長い間ナゾでしたが,新潟県安塚町と名瀬の子どもたちの交流がはじまりました。 |