校長室から 
学校だより 9月号   故郷(ふるさと)         校長 渡部 洋久 

 うさぎ追いしかの山/小鮒釣りしかの川/夢は今もめぐりて/忘れがたき故郷(ふるさと)
 年齢を重ねると、時々、子どもの頃遊んだ山や川、野原などを思い出し、生まれ育った土地が懐かしくなる。子どもの頃を振り返ると、「故郷」のメロディをついつい口ずさんでしまうのは、私だけではないだろう。
 北京オリンピックで沸いた中国にも、故馬依北風(故馬(こば)北風(ほくふう)に依(よ)り)越鳥巣南枝(越鳥(えっちょう)南枝(なんし)に巣(す)くう)という詩の一節がある。北方の胡(えびす)の地から来た馬は北をなつかしがって北風に身を寄せ、南方の越から来た鳥は南をなつかしがって南側の枝に巣を作るという意味で、「故郷」の歌詞と同様に、故郷は誰もが忘れがたいものだと言っている。

 新羽で育っている子どもたちにとっての故郷の自然となりそうなものは、何だろう。竹林や丘陵公園などが思い浮かぶ。鶴見川は、どうだろう。土手の上を歩いたり、川で釣りをしている子どもにとっては、故郷の自然になりそうでも、多くの子どもたちにとっては、そうなりそうもないような気がする。
 8月23日(土)、新羽橋の下から舟に乗って、鳥山川と鶴見川の合流点をめざして漕ぎ出した。かつて鶴見川は物を運ぶために利用されていたことを調べ、それを再現しようと志す方々の集まり(舟運復活プロジェクト)に参加し、その会で作った4~6人乗りの小さな舟に、大人4名が乗って、2本の櫂(かい)で、鶴見川を上っていった。新羽橋から水道局新羽ポンプ場までの間は、流れをあまり感じることもなく、順調に進んでいくことができた。ところが、太尾の下水処理場の排水が勢いよく流れてくる辺りから、川の流れの勢いが強くなり、舟を進ませることが難しくなってきた。やっとの思いで地下鉄車両基地が途切れる辺りまで上った所で力尽き、それ以上の遡行は諦め、新羽橋に向かってもどることにした。
 川面でえさをついばんでいた青サギが、舟が近づくと道案内をするように飛び立ち、少し先の川面に下りて、また舟が近づくと飛び立つを繰り返していた。また、大きな魚がときどきバチャンと音を立てて水中から跳び上がったり、カモの子どもが列になって泳いでいたりしていた。川に浮かんだ舟を取り巻く世界は、自動車の音も人の声も聞こえない、実に静寂な世界だった。
 鶴見川を川の水面から子どもたちに見せてやりたい。鶴見川で遊び、鶴見川の自然を目にすることができれば、鶴見川が子どもたちの故郷になるに違いないという思いを強くすることができた。この会では、鶴見川の流れを調べ、子どもたちにどのように川を体験させるかも探っている。

 大竹町内会では、老人会と子供会が一緒になって、通学路の清掃をしたという。このような取り組みも子どもたちに故郷を印象づけることにつながる素敵な取り組みだと思う。
 夏休みも終わり、いよいよ学校が再会される。9月以降もまちから学ぶ学習を大切にして、子どもたちにとっての故郷を豊かに刻み込める営みを創り出していきたいものだ。