菅田小学校の総合学習をどう進めるか


1)はじめに


 「総合学習」や「学習の総合化」はことさら新しい学習形態ではない。これまでも取り立てて「総合」と言わなくても,その学びのなかに子どものねがい,既習の知識や技能,活動や体験,現実の生活など多様な要素を取り入れることによって,生き生きとした学びを創り出した優れた実践が数多く生まれてきた。それらは,子どもの現実としっかり切り結び,子ども達に多面的なアプローチを促すことによって成し遂げられたものである。このように「総合学習」や「学習の総合化」は,子どもの学びを促し,発展させ,学ぶ実感を生み出す優れた学習形態として発展してきたのである。このような実践の蓄積に学びながら,今子どもにとってどのような学びが求められているのかを明確にして,今日的な課題に迫るような新たな学びを発展させていく必要がある。


2)総合学習の概念規定

 ここで「総合学習」というとき,その概念を整理しておくことが不要な混乱を防ぐと共にその学習概念をより多面的に理解していく上で必要だと思われる。

「総合的な学習の時間」
 文部省が示したもので,従来の各教科・道徳・特別活動に加えられた新たな分野。年間時数も105~110時間と規定されている。

「総合学習」
 合科,横断的,総合的,相関カリキュラム,クロスカリキュラム,コアカリキュラム,生活科,および,今回文部省が示した「総合的な学習の時間」も含まれる。

「学習の総合化」
 「新よこはま教育プラン」でも用いられているが,子どもの生き方や生活に結びついた学習として,子どもが身につけていく力を総合的にとらえ育成していこうとする教育活動。

「知の総合化」
 様々な教科等で得られた知識が,学習や生活をはじめとして様々な場で総合的に機能し活用され得るような統合化された知を身につけていく。
 以上のような概念を確認した上で,本校ではより広い概念である「総合学習」を念頭におきながら教育活動を進めたいと考える。それは,「総合的な学習の時間」や「生活科」に限定されるのではなく,それぞれの教科・領域等の学習やそれらの関連学習のなかにも「総合」という考えを積極的に取り入れることによって,子ども達の学びを「新横浜教育プラン」でも述べられているように子どもの生き方や生活に結びつき生きてはたらく力となる学びの実現を目指そうとするからである。


3)「総合学習」が重視される背景
 以上の前提に立ちながらも,なぜ今総合学習が求められているのか,その背景は何かを明確にする必要がある。さもなければ,単なる流行に流されるだけに終わり,真に子ども達の求める学びに応えることはできなくなるだろう。
 それは,第1にいま子ども達の学びがどうなっているかということである。この点に関して様々な問題が指摘されているが,その一つとして教育課程審議会は,「知識の詰め込み」,「教育内容の不十分な理解」,「受け身的な学習態度」「自主的な探求や表現の不足」,「多角的な見方考え方が不十分」,「得点は高いが学習意欲は高くない」等を挙げている。
 このような傾向は本校の児童にも共通するものである。今,多くの子ども達が学びから遠ざかっており,学ぶことの意味や面白さに気づかずにいる。もはや,「よい成績を取ってよい会社に入りよい生活を送る」ことが学習の動機付けにはなり得ない状況も広がっている。ここでは,その原因や責任を問う余裕はないが,先ず,こうした状況を共通認識しておく必要がある。さもないと,新たな教育課程作りを進めるに当たってその方向は定まらなくなるであろう。
 特に,最近,文部省が打ち出した「教育内容の削減と総合的な学習の時間」によって学力低下が進んだという批判が聞かれる。確かに,一部の総合的な学習の実践にはイベントや活動だけに終わったり,子どもの課題を深化発展させられなかったり,価値ある学習課題とは言い難いものもあった。しかし,それらの論調のなかには十分な検証がなされていなかったり,先に述べたような子ども達の現状をどう打開していくのかという見通しが示されていなかったりすることが多いように見受けられる。「低学力」問題は,単に学習面だけを取り上げてもことの本質を見抜くことはできないだろう。身体的な発達や心の発達の問題さらに社会の問題と深く絡まって現出しているからである。いま必要なことは「総合か基礎学力か」というような対立的で二者択一的な発想ではなく,子どもの学びを中心に据えた統一的な観点である。


4)いま子ども達に求められている「学び」とは

 そこで,第2として,いま子ども達にとってどの様な学びが求められているのかを問い直す必要性が生まれてくる。そのことに関わって次の5点を提示したい。

a) 学ぶことの楽しさを
「勉強」ということばは,「勉=全力を傾けて何かをする。強=無理に努めてする。」というニュアンスを持ったことばである。言い換えれば「我慢してでも頑張る」のが勉強なのである。子ども達は無意識のうちにそう捉えてはいないだろうか。我々のなかにも「今やっておかないと将来困る」という論理で子どもを納得させようとしていないだろうか。しかし,今日的な発想は,「今をいかに充実して生きるか」ということであり,手段としての学習にはうんざりという気分も広がっている。そこで,今一度「学ぶ」ことの意味を問い直すことが子どもにも教師にも求められているのではないだろうか。「学ぶことの楽しさ」を創り出す授業をどうしたら実現できるのだろうか。

b) 生き方に関わって学びの意味を
 学んだ知識や技能が他の何ものとも結びつかず孤立しているような状況になっていないだろうか。せいぜいテストでいい点を取って誉められるとか,受験に有利だとかいうことぐらいにしか意味を見いだせないでいるのではないだろうか。学んだ知識や技能が生活と結びつくような学びの場になっているのだろうか。新たな知識を学んだ時,以前の知識の分かり直しができて自分の成長を実感できたというような学びになっているのだろうか。学びを孤立させてしまったら学ぶ意味が失われ,本当の意欲は湧いてこないだろう。学ぶことによって自分の成長を実感したり,世の中のことがよく理解できるようになったり,生き方を問いなおすきっかけが掴めたりするような学びを創っていくことが切実に求められているのではないだろうか。

c) 総合的な学びを
 我々は,その時々に起きる課題を解決しながら生活している。その解決のためには「総合的な知性と判断力と行動力」(梅原利夫氏・和光大学)が求められる。生活とは常に総合的なのであり,個としての人格もまた総合的なものである。それは,子どもであっても大人であっても同じである。
 一方,環境問題を初めとして今日の人類的課題は,多方面から総合的に探求し多くの人々が共同しながら解決することを迫っている。
 このようなことから,2つの意味で総合的な学びの能力がいま特に求められているのではないだろうか。

d) 多様な学びを共存させ刺激し合う学びを
 子どもの個性ということがよく問題にされる。同じ課題に取り組んでいても理解の差異が生まれる。それを「能力差」と捉えて能力別グループ編成に繋げていくべきではないだろう。ある面に限って言えば,「能力の高い子」がいることは事実である。その子の存在を集団のなかでどの様に位置づけ,更に能力を伸ばしてやれるかを含めて,多様な学びをする子ども達をどう結びつけていくのか。そのことによって更に活気ある授業が生み出されていくような学びが求められている。能力別に「分けていく」のではなく,差異を「有機的に関係づける」ことこそ人々が共同していこうとする新しい社会像に繋がっていくのではないだろうか。

e)  子どもの学びを促す価値ある総合学習づくりから菅田小の創意ある教育課程作りへ
 これまで教育課程は全国的に画一化する傾向にあったが,文部省は地域や子どもと学校の実態に応じた個性的な教育課程の編成を各学校に求め始めた。特に,生活科や「総合的な学習の時間」においては各学校に任される面が強くなった。ところが,教師にはこれまでそのような経験が少なく戸惑う状況も生まれている。しかし,子どもを中心として教育課程を作っていくことは,現場の教師にとって至極当然のことであるし,教師の子ども理解を促し,創造性や主体性を高めることに繋がるものである。佐藤学氏(東京大学)によれば「日本の教師が初めて自立する場を得た」ということでもある。このことを大切にし,菅田小学校の実態に沿って独自の教育課程を創造していきたい。

5)総合学習のアウトライン

 以上のような認識を踏まえて,そこからどの様な総合学習が導かれるのかを,?^総合学習によって子どもにどの様な能力を育てるのか,?_総合学習はどの様な学習形態か,という2つの視点から具体的に明らかにしたい。

総合学習のねらい
 総合学習によって子どもにどの様な能力を育てることができるのだろうか。総合学習の実践を見聞きすると本当に子どもは育っているのかという不安も生まれている。そこでこれまでの実践を基にしながら総合学習の目標を次のように設定する。

A) 探求的な学びによって課題の本質に迫る力を育てる
 与えられた課題をいかに早く正確に習得するかというような学習ではなく,自ら学習課題を立て,それを多面的な視点から捉え,その解決をめざして活動するなかから問題の本質に迫っていくような探求的な学びができる子どもを育てていく。

B) 学びの意味を知る
 子ども達は,「何故,何のために学ぶのか」という学習の本質に関わる疑問を持っている。総合学習はその疑問に対して,子ども達の身近な疑問や子ども達が生きていく社会の今日的な課題を取り上げることによって学ぶことの面白さや必要性を実感させてくれるであろう。また,抽象的な机上の学習に終わらず活動的な学習を進めることによって体を通して学ぶ手応えを実感することもできるだろう。

C) 総合的な知性と判断力と行動力を育てる
 我々は,直面した課題に対していろいろな面を考慮し総合的に対処しようとしている。様々な知識を駆使し,倫理観に照らしながら判断し,よりよい行動を導こうとする。このプロセスは,その個人の人格によって左右される。このプロセスをよりよいものにしていくのがまさに「学ぶ」ということであろう。総合学習では,このプロセスを体験的に鍛えていくことができると考えられる。

D) 異なる個人が刺激しあいながら共同していく能力を育てる。
 多様性のある学びをする子ども達を大切にし,相互に刺激し合いながら共同することによってよりよいものを創っていくような子どもを育てる。

E) 学びの方法を身につける。
 情報収集,フィールドワーク,プレゼンテーション,コミュニケーション,プロジェクトチームなど課題解決のために適切な活動を展開しながら学んでいくことのできる子どもを育てる。

F) グローバルな今日的課題に迫る。
 今,我々の前には単一教科の学習枠に収まらない重要な学習課題がある。環境,平和,貧困,人権,福祉など子ども達の未来に深く関わるグローバルな課題がそれである。これらは,教科の枠を越え総合的な観点から探求しなければ本質に迫ることはできないテーマである。また,机上の学習に終わらせず人々と共同し行動することによってより深く問題を自覚できるし,解決への現実的な能力を養うことができる。このような学習課題を積極的に取り上げることによって未来に希望を繋いでいけるような子ども達を育てたい。

6)総合学習の学習形態

A) 課題探求型の学習
 これまでの学習は「目標・達成・評価」という発想で進められてきたが,総合学習では,「主題・探求・表現」型の学習となるだろう。特に,学習者である子どもの課題意識に基づき,活動に重点を置いた学びのなかから学習が発展していくことになる。学習課題は子ども達の生活や経験,教科学習のなかからなど様々な場面から生まれてくる。それらの課題を子ども達が主体的に探求していくことによって本質に迫っていくようなダイナミックな学習が展開される。

B) 教科学習と補完し合う総合学習
 総合学習のなかで教科学習で身につけた知識や技能を活用したり,教科学習で学んだ知識の意味を発見して分かり直したりすることが期待される。逆に,総合学習での探求のなかから教科学習で深めたい新たな課題が生まれたり,課題を解決していくために教科学習の必要性を感じとったりすることもあるだろう。こうした相互作用を生み出すような学びによって学ぶ意欲が高まり,確かな学力に繋がっていくことが期待される。

C) 活動しながら学ぶ
 課題を具体的に解決していくためには,活動がなければならない。逆に,活動が課題をさらに発展させていく力になる。机上での観念的な学習ではなく,教室からより広い世界へ飛び出し,現実の自然や社会や人々のなかで活動することによって,実感のある学び,現実に根ざした学び,人々の想いや生き方に感動する学びなどが可能になるだろう。

D) 子どもと共に教師も学ぶ
 教師が持っている情報の枠のなかで子どもの学びが進められるのではなく,子ども達が自ら情報を集め,活動するなかから新たな課題に直面していくような学習が予想される。つまり,教師の思惑を越えた課題が出現することがある。そこでは子どもも教師も同じ学習者となって学んでいくような状況が生まれるのである。

E) Think global. Act local
 より広い視野で学習を進めることが大事だが,それだけでは,単なる物知りに終わってしまうことにもなりかねない。気づいた問題が自分の生活しているところでどうなっているのか,それに対して自分は何ができるのかなどを具体的に学んでいくことによって,自らの生き方を問い直すような学習を進めることが大事である。


7)「環境学習」〜菅田小学校が重視する総合学習〜

私たちの目指す環境学習
 「環境学習」とは,どのような内容を持ったものであろうか。それを明らかにするためには,先ず「環境」とそれを対象とした「学習」について考えてみることが必要である。
 では,「環境」を学習の対象とするとき,現実にはどのような内容のものを対象として進めればよいのであろうか。しばしば「環境」を「自然環境」と同一視する傾向が見られるが,それでは不十分である。子ども達にとっての「環境」とは,子ども達を取り巻く全ての事象が「環境」であるからである。例えば,ゴミの問題などの地域社会の在り様やテレビゲームなど社会的・文化的な環境等も含まれる。このようにより広く「環境」を捉えることによって多様な学習の発展を期待できると考えている。
 また,「環境」を学習の対象としたとき,学習の主体としての子ども(人間)が「環境」をどう受け止めるかが問題となる。そこで,環境と人間との関係をどう捉えるかという問題に対して,「環境の一部としての人間」という発想に立つことが今日特に強調されなければならないと考えている。それは,人間の営み自体が地球規模で問題を引き起こすまでに高度に発達していることとあわせて,人間の存在そのものがその周りの事象に不可分に結びついているからである。
 以上の2点を踏まえると,環境学習とは,結局のところ,「環境」を知ることによって人間自らのあり方を問い直そうとする学習に他ならないであろう。
 このような前提に立ちながらどのような学習を進めていけばよいのだろうか。その視点として次の3点を大事にしていきたい。

1 「環境から学ぶ」〜環境を学習の対象としてそこにどのような問題が潜んでいるのかを科学的に学んでいく。

2 「環境について学ぶ」〜「環境と私」との関わりを深める学習。

3 「環境のために学ぶ」〜環境に対して「私」はどう考え行動していけばよいのかを学ぶ。

 このような課題を解決していくために,この学習では,問題解決的な学習,作業的な学習,体験的な学習を重視していきたい。
 以上の様な学習を進めることによって,子ども達が今まで気付かなかった全く新しい発見に驚き,自分の意識が変わり,より広い世界に向かって行動していくような能力を身につけていくことを目指したい。

8)環境学習の実践事例

第3学年
「私たちの菅田」〜探検・発見・私たちの菅田〜
 生活の場である「菅田」をいろいろな視点から見つめ,探検し,発見し,伝える。この学習がもとになって
 次の学年に繋がっていく。
・里山に入ってみよう。(雑木林,竹林,植木畑,人々との関わり等)
・土地利用の様子を調べよう。(団地やマンション等の住宅地,畑,林,等)
・ わき水や動植物などの生態系を調べよう。
・ バスの系統や道路を調べよう。(菅田の人々はどこと繋がっているのか,)
・ 菅田の歴史を調べよう。(御嶽社,専称寺,道祖神等)
・ 私たちは公園や地区センターをどう使っているか調べよう。(公共施設の役割と市民意識)

第4学年
「菅田・横浜・神奈川」〜菅田クリーン&グリーン作戦〜
 ゴミや水の学習から学んだことをもとに身近な環境問題について探求し,自分達の住んでいる
 菅田をもっと良くしていこうとする姿勢を育てる。
・ 社会科「水のゆくえ」「ゴミのゆくえ」を発展させる。
・ 環境問題をテーマとした外部団体の活動にポスターなどで関わる。
・ 「エコライフかながわ」や「デスポ」の見学と体験。
・ リサイクル問題に取り組む。
・ 菅田まつりで発表する。
・ 全校にリサイクルなどの取り組みをアッピールし活動を広げる。

第5学年
「菅田・箱根・日本・地球」〜比べてみよう,菅田と箱根〜
 夏季学校での活動を中心に据えながら,菅田と箱根を比較する中で,自然と社会,そしてその
 関係について探求し,その体験からより広い視野を持てるような姿勢を育てていく。
・自然の中に入り,全身で自然を体験する。「菅田の里山」「箱根夏季学校」
・ 自然の生態系について理解を深める。
・ 自然破壊など人間と自然の関わりについて調べる。
・ 自然の一部である人間が自然の中でどう生きるべきか体験的に考える。

第6学年
「菅田・箱根・日本・地球」〜足尾に菅田の森を〜
 修学旅行を中心に据えながら,菅田から足尾や日光を見つめることによって自然破壊や自然を守ることの
 意味を理解し,自らもそのための活動を進めていこうとするなかから,さらにしっかりした環境意識を
 育てていく。・ 菅田の森を調べる。(里山の現実と問題)
・ 修学旅行を自分達の手でつくっていく。
・ 足尾における公害問題と日光の自然保護運動について調べる。
・ 自分達の手で出来ることは何か考え行動する。(植林や炭焼き)
・ 他教科領域の学習と関連させながら認識を深めていく。
・ 活動を広げる。(他校へのアッピールなど)

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