矢向小学校の歴史

1873年(明治6年) 矢向学舎ができる。
現体育館の北側、かやぶき屋根。
児童20名 教員1名 2教室。
1912年(明治45年)  尋常高等町田小学校の矢向分教場となる。(市場町)
1,2年生は分教場で。3年以上は本校へ。
1923年(大正12年)  関東大震災のため、市場尋常高等小学校の校舎がこわれ、本宮に新校舎が建つ。
1925年(昭和14年)  分教場が廃止。1年生から本校へ通う。
1943年(昭和18年) 矢向国民学校ができる。(今の矢向小学校の始まり)
6月18日 上棟式
1944年(昭和19年) 4月1日開校
児童1034名 教員20名 14教室で18学級。
1947年(昭和22年) 4月 横浜市立矢向小学校となる。
※児童数が増えたため、15年くらい二部授業が続く。
1949年(昭和24年)
〜1955年(昭和30年)
 木造校舎が次々建つ。
1963年(昭和38年)
〜1983年(昭和58年)
鉄筋コンクリートの校舎が次々建つ。
1995年(平成7年)   新鶴見小学校と分かれる。

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