| 学校の沿革 |
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設置の概要 本校は港北ニュータウン中川地区の開発にともない、横浜市立荏田南中学校を親校として新設された。この地域の生徒は本来、中川中学校と荏田南中学校・山内中学校へ遠距離通学をしていたが「この地域に学校を」という住民の長い間の努力と要望が実って開校した。 |
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校名 「中川」の地名は、明治年間に近郷五ヶ村が合併したとき、新しい村名として誕生した。これらの村では美しい小川が村の中央を流れていたため、中川村とした。この川は子供達の遊び場として、また、近郷の農業用水として毎日の生活に欠かせない重要なものであった。本校の校名は、地域の学校として、町名・地名にちなむ名前がよいという地域の方の希望が尊重され、歴史的な流れを踏まえて「中川」の名称をとり、中川の西に位置するという意味で「中川西中学校」となった。 |
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開校記念日 平成2年6月1日 遅れていた校舎建設が5月末に完成し、6月より全校舎を使用し学習活動が展開したことを記念し、開校記念日とした。 |
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校章 この地域の丘陵地帯には山百合が多く自生していたので、校章は、山 百合の花をデザインした。花言葉は、清楚・荘厳を表す。六つの花弁は、「知・徳・体」「真・善・美」を示している。背景の円は、このあたりで古代の遺跡が多く発掘されていることから、古代の鏡を表し、営々と続く人間の生活と、自己を照らす自省・明快・努力を意味している。 |
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沿革の概要 昭和63年 11月 開校準備委員会発足 |