仲尾台中学校
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根岸外国人墓地 (根岸外人墓地) 墓前祭

学校行事
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 仲尾台中学校の裏手には、根岸外国人墓地があります。仲尾台中では毎年11月、立野小学校・横浜山手ライオンズクラブ・地域の方々と一緒に清掃活動をおこなっています。また清掃後に行われる墓前祭には、清掃を行った生徒と吹奏楽部の生徒が参加しています。ここでは、ライオンズクラブの方からお聞きした根岸外国人墓地の紹介をします。

 墓地の始まりは、山手にある外国人墓地が手狭になったことから造成されました。その頃の墓石もいくつか残っています。朽ちかけている木製の十字架や長い年月により風化しているものもあります。これらは墓地の高いところに位置しています。幕末・明治初期に来日した外国人ですが、山手の外国人墓地と異なり無名の方がほとんどだということです。

 入り口右手の階段を上った右側にある白い碑は、関東大震災で亡くなった外国人の方が埋葬されています。横浜市で建立されたそうです。震災による外国人の犠牲者の多くがここに葬られたそうです。その近くには震災でなくなったアメリカ領事の墓碑もあります。

 第二次大戦中、横浜港で起きたドイツ軍艦爆発事故によるドイツ人の犠牲者もここに埋葬されました。毎年行われている墓前祭では、現在でもドイツ軍の関係者が見え、献花をおこなっています。

 戦後になると、栄養失調や不幸なかたちでなくなった混血の嬰児等の死体が数多く遺棄されたとのことです。墓地の中程にある立ち入り禁止の場所がそうです。800から900もの罪もなく犠牲になった子どもたちが眠っています。そのため立ち入り禁止になっているそうです。右側にある写真はこれらの埋葬者も含めここに眠っている方々の慰霊碑です。

 根岸外国人墓地は、160基ほどの墓碑が確認されています。しかし震災や戦後の混乱期に埋葬された方も含めると1200人を超えるそうです。墓碑の周りには白い柵があります。この柵に囲まれている部分に埋葬されているそうです。立ち入り禁止の区画も含めて、この中にはむやみに入らないでほしいとのことです。詳しく調べたい人は、インターネット上にいくつかの資料がありますので、検索サイトから探してみてください。

 根岸外国人墓地は、横浜の外国人の歴史を垣間見るようです。仲尾台中学校では清掃活動を通して、地域の歴史を伝え守っていきたいと思います。

参考資料
田村泰治著 「史論集 郷土横浜を拓く」 1997年
  田村先生は、仲尾台中学校で長い間教壇に立たれ、根岸外国人墓地の調査、保存に尽力を尽くされた方です。
  また外国人墓地の埋葬者など、この著書に詳しく記載されています。

山崎洋子著 「天使はブルースを歌う」毎日新聞社 1999年

写真
 昭和62年頃の仲尾台中学校の空撮写真をご覧下さい。学校の下にあるのが墓地で、全景を見ることができます。