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| 樽町中学校の紹介をいたします。 見たい項目名にマウスを合わせてクリックしてください。 |
| 校長挨拶 |
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開校宣言〜 当地域の発展に即応し横浜市港北区樽町1133番地に横浜市立樽町中学校を開設します 充実した教育が行われ優秀な中学校に成育されることを期待しここに開校を宣言します 横浜市教育委員会が1974年、昭和49年4月1日に上記の開校宣言を発しました。 |
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| 学校の沿革 |
昭和49年 4月 1日 |
開校式・開校宣言 初代 安西 幹雄校長 本校は当初の計画では,49年3月中には校舎が完成し開校するはずであったが,いわゆる“オイルショック”による資材急騰,物資不足等の諸事情により、その完成が大幅に遅れて、親校であった大綱中学校に同居開校せざるをえなかった。 しかし、大綱中学校の皆さんのご好意により、大綱中学校以上によい教室等を提供してもらい、恵まれた出発をすることができた。 |
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〃 4月 1日 |
横浜市立大綱中学校 16教室を借用 | |
| 昭和49年 7月19日 | 第1次移転 | |
| 〃 8月15日 | 新校舎完成(鉄筋4階 管理棟及び23教室4190u完成 その他、体育倉庫・物置・石油貯蔵庫・ガスボンベ貯蔵庫等完成) |
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| 〃 10月 9日 | 校舎落成祝賀会 校章・校歌発表 この日を開校記念日とする | |
| 昭和50年 7月 9日 | 第2期工事完成 校舎、鉄筋4階11教室756u・体育館640u 金木工室163u・通路等引き継ぎ完了 |
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| 7月24日 | 正門・通用門完成 | |
| 昭和51年 5月28日 | プール完成 665u | |
| 〃 9月 6日 | 2代 堤 穣校長 十日市場中学校より着任 | |
| 〃 9月 7日 | 初代 安西 幹雄校長 吉田中学校校長として転任 | |
| 昭和52年 3月25日 | 防球ネット完成 | |
| 〃 5月 6日 | 中庭・校舎周囲緑化工事完成 549.44u | |
| 〃 11月24日 | 校庭スプリンクラー工事完成 | |
| 昭和53年 3月13日 | 飼育・観察池第1期工事完成 | |
| 〃 4月 4日 | 2代 根上 真一副校長 栗田谷中学校より着任 | |
| 〃 4月 7日 | 初代 加藤 信廣副校長 新羽中学校校長として転任 | |
| 〃 5月26日 | 創立5周年記念航空写真撮影 | |
| 昭和55年 4月 3日 | 3代 松本 竹雄校長 東野中学校より着任 | |
| 〃 4月 8日 | 2代 堤 穣校長 深谷中学校校長として転任 | |
| 昭和56年 4月 4日 | 3代 相澤 廣之副校長 万騎が原中学校より着任 | |
| 〃 4月 7日 | 中村 晃教諭 瀬谷中学校に副校長として転任 | |
| 〃 4月 8日 | 2代 根上 真一副校長 緑ヶ丘中学校副校長として転任 | |
| 〃 9月 1日 | 4代 小島 清治校長 田奈中学校より着任 | |
| 〃 9月 2日 | 3代 松本 竹雄校長 菅田中学校校長として転任 | |
| 昭和58年 4月 1日 | 4代 今村 誉子副校長 大鳥中学校より着任 | |
| 〃 4月 7日 | 3代 相澤 廣之副校長 日吉台中学校校長として転任 | |
| 〃 11月 1日 | 創立10周年記念式典 | |
| 昭和59年 1月 9日 | 校地整備工事完了(藤棚・バラ園・岩石園・中庭の池) | |
| 〃 4月 1日 | 4代 今村 誉子副校長 5代校長として本校副校長から昇任 | |
| 〃 4月 5日 | 5代 相澤 圭司副校長 大道中学校より着任 | |
| 〃 4月 7日 | 4代 小島 清治校長 本校を最後に退任 退任式(於、体育館) | |
| 昭和60年 7月29日 | 福祉委員会 県代表社会福祉厚生大臣表彰を受ける | |
| 昭和61年 4月10日 | 立山 一夫教諭 岩崎中学校副校長として転任 | |
| 昭和62年 3月18日 | 視聴覚教室・第2音楽室完成 | |
| 〃 4月 6日 | 6代 渡辺新一副校長 鶴ヶ峰中学校より着任 | |
| 〃 4月 7日 | 5代 相澤 圭司副校長 新羽中学校校長として転任 | |
| 昭和63年 4月 5日 | 6代 小幡 忠明校長 丸山台中学校より着任 | |
| 〃 4月 9日 | 5代 今村 誉子校長 本校を最後に退任 退任式(於、体育館) | |
| 平成元年 4月 1日 | 新理科室・新調理室完成 | |
| 〃 4月 5日 | 7代小山 晃司副校長 上白根中学校より着任 | |
| 〃 4月10日 | 6代 渡辺新一副校長 市場中学校校長に昇任 | |
| 平成 2年 4月 1日 | 新焼窯庫完成 | |
| 〃 4月 5日 | 7代 河本 冏文校長 奈良中学校より着任 | |
| 〃 4月10日 | 6代 小幡 忠明校長 永田中学校校長として転任 | |
| 平成 4年 4月 1日 | 7代 小山 晃司副校長 奈良中学校校長に昇任 | |
| 〃 4月 6日 | 8代 長尾 俊教副校長 新井中学校より着任 | |
| 〃 7月 1日 | 防球ネット新設工事完了(未設部分) | |
| 〃 12月 3日 | 第2理科室新設工事完了(余裕教室改造) | |
| 平成 5年 4月 1日 | 8代 長尾 俊教副校長 上白根中学校校長に昇任 | |
| 小原恵美子教諭 霧が丘中学校副校長に昇任 | ||
| 〃 4月 5日 | 9代 廣谷晃二副校長 西金沢中学校より着任 | |
| 〃 11月 6日 | 20周年記念式典 | |
| 平成 7年 4月 1日 | 8代 柿田 健一郎校長 永田中学校より着任 | |
| 7代 河本 冏文校長 本校を最後に退任 退任式(体育館) | ||
| 平成 7年9月 18日 | 9代 廣谷晃二副校長 十日市場中学校へ昇任 | |
| 10代 鈴木 時夫副校長 港南中学校より着任 | ||
| 平成 9年 4月 1日 | 9代 泉妻 輝夫校長 大鳥中学校より着任 | |
| 11代 大場 裕二副校長 本宿中学校より着任 | ||
| 8代 柿田 健一郎校長 鴨居中学校に転任 | ||
| 10代 鈴木 時夫副校長 名瀬中学校に転任 | ||
| 11代 大場 裕二副校長 松本中学校校長に昇任 | ||
| 平成 10年 4月 1日 | 12代 秦 繁夫副校長 平楽中学校より着任 | |
| 平成 12年 4月 1日 | 13代 志村 由紀夫副校長 菅田中学校より着任 | |
| 12代 秦 繁夫副校長 中学校に昇任 | ||
| 平成 13年 4月 1日 | 9代 泉妻 輝夫校長 本校を最後に退任 退任式(体育館) | |
| 10代 佐々木 憲二校長 荏田南中学校より着任 | ||
| 平成 14年 4月 1日 | 14代 佐々木 和美副校長 上の宮中学校より昇任 | |
| 13代 志村 由紀夫副校長 川和中学校に転任 | ||
| 平成 15年 4月 1日 | 11代 福田俊夫校長 寺尾中学校より着任 | |
| 10代 佐々木 憲二校長 川和中学校に転任 | ||
| 平成15年11月15日 | 30周年記念式典 | |
| 平成16年11月17日 | 平成15・16年度文部科学省研究協力 「学力向上フロンティアスクール事業」研究発表 |
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| 平成 17年 4月 1日 | 12代 井上 早知夫校長 いずみ野中学校より昇任 15代 志村 誠一郎副校長 神奈川県教育委員会より着任 11代 福田 俊夫校長 本校を最後に退任 退任式(体育館) 14代 佐々木 和美副校長 若葉台東中学校に転任 |
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| 平成19年 4月1日 | 15代 志村 誠一郎副校長 鴨志田緑小学校に転任 16代 本村 淳一副校長 上矢部小学校より着任 |
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| 平成19年10月11日 | 17代 平野 真理子副校長 田奈中学校より昇任 | |
| 平成20年 4月 1日 | 13代 川松 恭治校長 平楽中学校より着任 12代 井上 早知夫校長 岡津中学校に転任 16代 本村 淳一副校長 大曽根小学校に転任 |
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| 校歌 |
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| 生徒/職員情報 |
| 生徒数 | 1年 341名 2年 308名 3年 280名 |
| 職員数 | 1年 20 名 2年 16 名 3年 17 名 学年外校長・副校長 2 名 (2008,4,1現在) |
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| 所在地(住所/電話番号/FAX/交通手段) |
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住所 横浜市港北区樽町4丁目15番1号 (昭和57年7月19日,地番変更により,それまでの樽町1133番地が上記の新番地となる) 電話番号 045(542)8776・8779 FAX 045(541)5907 交通手段 綱島駅から鶴見駅行バス 樽町バス停下車 徒歩5分 大倉山駅から徒歩20分 |
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| 校名の由来 |
| 本校の所在地「樽」は、東に鶴見区駒岡、西に大曽根、南に師岡、北に鶴見川を越えて綱島に接している。ここは、往古には、師岡熊野神社の神領であったといわれ、神社の祭礼のおりには、神酒の樽を作って奉献したということである。このことから、地名が樽になったと伝えられている。校名は、その所在地の町名を採用した。 |
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| 校章の由来 |
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昭和49年5月、校章制定委員会を組織、校章で何を象徴するかを調査し、さらにそれを集約したものを発表、図案を公募した。その中から、当時1年生の井上宏昭君の作品がよいということになり、専門家がそれをもとにデザインして現在のものに決定、同年10月9日に発表した。本校の所在地の付近は、かつて菖蒲が栽培され、現在も菖蒲園の名が地名として残っている。校章の図柄は、菖蒲の花をかたどったもので、紫の気品、五月のさわやかさ、端午の節句に飾られる子どもの成長への期待を表わしている。 また三弁の花びらは、知育・徳育・体育の教育の基本を表わしている。 |
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| 本校の教育目標 |
| 平成18年度 学校経営方針 1,学校教育目標 [自 立]社会の基本的なモラルを身につけ、自立を目指すことのできる生徒を育てます。 [共 生]豊かなかかわり合いをもつ社会を創り出すことのできる生徒を育てます。 [学び合い]多様な価値観を生かし、学び合うことのできる生徒を育てます。 2,基本方針 『生徒が、安全に、楽しく、生活・学習できる学校をつくります。』 1 一人ひとりの生徒の人権を尊重し、かけがえのない存在、自ら成長していく存在、主体的 に生きていく存在と認識し、あらゆる教育活動を通して、親切に、丁寧に、一歩踏み込んだ 教育を推進します。 2 家庭・保護者・地域と積極的に協働することを通して、「まち」と共に歩み、家庭・地域に 開かれ、互いに交流できる特色ある学校づくりに努めます。 3 教職員は豊かな感性を基に、常に先を見通した視点に立ち、教育課程の円滑な推進に努 めます。 3,経営の重点 1 生徒一人ひとりが、民主社会に生きるための自主的、実践的な態度の育成を図る。 2 思いやりの心にふれ合う教育を軸にして、豊かな感性を育てるとともに「なすことによって 学ぶ」という豊かな体験による内面に根ざした道徳性の育成を図る。 3 体験活動を通して福祉への理解と関心を高め、福祉活動に積極的に参加する態度の 育成を図る。 4 いじめ・暴力をなくし、人権尊重の精神を基盤として「社会で許されない行為は、学校に おいても許されない」との毅然とした態度をもって、「受容とけじめ」のある生徒指導の確立 を図る。 5 不登校に陥る生徒への適切な対応として、生徒一人ひとりをかけがえのない存在として 認識し、健康で生き生きとした生活を送れるよう、温かい人間関係の確立を図る。 4,研究主題 ※『生徒が、安全に、楽しく、生活・学習できる学校づくり』の実践 ※『一人ひとりの個性を生かした授業の展開』の実践 主旨 本校におけるすべての教育活動において研究,実践し,その成果を,生徒の活動の 変容をもとに評価する。
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