親から子へ          

副校長 吉 原   勝 

 

 中村養護学校が誕生して25年目になります。横浜市ではじめて重度重複障害児の学校として設立されました。前進は、中村小学校の訪問学級としての経過があり、中村小学校と本校はとても深い関係であったと思います。中村小学校発行の人権だより「ともに」を読んでいましたら、みなさんにご紹介したい中村小学校1年生の保護者の方の記事がありました。


私も実は、中村小学校の卒業生の一人です。在学時は、全校児童(中村小だけで)800名規模でしたので、今のように養護学校と全面合同開催はできませんでした。

しかし、現在就いている職業が福祉職なのですが、その福祉への最初のきかっけは、中村養護学校の隣に自分のクラスがあったことからでした。(現在と校舎の形が違っていたので)是非、子どもたちの障害へのバリアフリーを日常化できる様、今後もオリンピックを盛大なイベントにしていってください。


この記事を読んだとき、すてきなお話と思いました。そして、この文章のなかには中村養護学校が25年間に一歩一歩と積み重ねていったことがいっぱいつまっているように思いました。

学校の職員、保護者、教育委員会とたくさんの方が学校見学に来られますが、みなさんがびっくりすることは、小学校と併設していること。扉1枚で自由に行き来できること。そして、交流にきている子どもたちがとても自然に接していることです。私たちも中村小学校との関係は、自然に行っているため気がつかなかったことでしたが、みなさん、特に県外の方にとっては、すごいことだそうです。今あるのは、25年間の小さな積み重ねのおかげでしょう。

さて、今回のこの保護者のご意見、とてもうれしく感じたのは、小学校時代の中村養護との関わりをずっと忘れないでいてくれたこと。そして、親になり、その子どもにも伝えられていることでした。この記事を通して25年間、中村小学校と中村養護学校との交流の思い出をいっぱい心にしまっている子どもたちがたくさんいることを私たちは新たにきづきました。これからも、さらに、親、子、孫の三代、中村養護との交流しているお話がきけるといいですね。