視覚障害とは

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障害とは何でしょう

私たちの大部分の人は自分には障害がないと思って生活しています。しかし果たしてそうなのでしょうか。私たちは、自分が何かをしたいという気持ちを前提とし、何らかの活動に、参加することによって、充実感を得ながら自己実現を図っています。

その時その人の心身の機能や身体構造は、活動をする上でも、参加する上でも大切な部分です。さらに生活のベースとして、その時の健康状態や環境的な要素、個人的な要素も大きく関わっています。そんなことから自分の生活を考え直してみたとき、生活が自分の思う方向に進んでいないのであれば、何かが自分の前に立ちふさがって自己実現を阻害していることになります。

私たちにとって自己実現を阻害しているもの全てが障害といえそうです。また、年齢を重ねるということは、言い換えれば等しく全ての人に身体的・肉体的な機能の低下がもたらされることを意味しています。そして医療の進歩の結果、年々平均寿命が延び、QOLの向上を求めて生活することは誰にとっても当たり前のこととなりつつあります。そんな中で、世界は、身体や精神ばかりにこだわるのではなく環境要因も個人要因も含めた、自己実現を阻害するもの全てを障害ととらえるようになりました。

視覚障害

それらたくさんの障害の中の一つとして、目という身体の一部分の機能や構造に問題があるのが視覚障害です。人間は8つの感覚によって様々な情報を得て生活しています。その中の約80%を担っているといわれる視覚に障害がある場合は、特に重大に感じられます。

しかしその欠けた部分は視覚以外の感覚(聴覚や触覚など)を磨くことによってかなりの部分をカバーすることができますし、もちろん目にしかできないこともありますから、その部分は周りにいる人が互いに助け合うことで乗り越えることができるはずです。

障害者を取り巻く社会

しかし実際には、互いに助け合うことの難しさを痛感することが多いのも事実です。それは、障害者を取り巻く社会の意識の問題でもあります。日本では昔から個人の考えで行動するよりも、社会の中の一部として同一歩調をとることが求められてきました。つまり集団の中で目立つことは困ったことなのです。そんな中で障害というより強い個性を放つことは、親にとっても本人にとっても彼らを取り巻く人たちにとっても大変なプレッシャーだったはずです。

結果、家庭の中に抱え込んだり、あるいはないものとして無視をしたりと障害者を取り巻く環境は過酷でした。しかし戦後、日本でも西欧的な社会集団の考え方が徐々に浸透し、個人を尊重すること、人権意識という考え方が当たり前になってきました。それによって、障害は個人の責任ではなく社会の責任として考えられるようになりました。

最近、たくさんの問題を抱えながら支援費という制度が新しく始まりました。社会の支援の中身を障害者自身が選択するという画期的なものです。こうして障害者をとりまく社会意識もより変わろうとしています。今後さらに全ての人にとって暮らしやすい社会を作っていくために、今自分にできる何かから始めることを私たちは求められていると思います。

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