特集2 専門性向上への取り組み  点字研究部 実践報告 「点訳便利帳2003年版の編集・発行」と「触図研修」 点字研究部 道村静江   その1 「点訳便利帳2003年版」の編集  2001〜2002年の2ヵ年かけて「点訳便利帳2003年版」の編集に取り組み、2003年5月1日に発行した。  この点訳便利帳の歴史を振り返ってみると、1983年から始まり、この20年間に「点訳便利帳」(1984年)、「改訂版・点訳便利帳」(1989年)、「新点訳便利帳」(1995年)、そして今回の「点訳便利帳2003年版」と4冊の発行を行った。初期の頃は大元の表記法は職員室ではほとんど見かけず、点字使用職員からの伝承と言葉感覚だけで点訳していたのが思い出される。初版は、みんなが共通して持てるわかりやすい手引き書をという声から出発したが、その内容のほとんどが既版のものの切り貼りで、稚拙なものだった。実際に使ってみると、あれもこれも足りない、もっと知りたい、ここはどうなっているんだという疑問が沸き上がってくるのは当然のことで、部員は自己研修を重ね、校内に知らせる努力をしてきて、それを生かそうと次の発行にまた精力をつぎ込んできたことが思い出される。  このようにして、その時々で精一杯の編集作業を行ってきたつもりだったが、校内職員だけの素人集団の悲しさか、内容的に深みのあるものとは言えない繰り返しであったように思う。しかし、版を重ねる毎に改良を加え、現場の要望を聞いて取り組んできた。結果的には編集作業をしたことによって大いなる自己研修をしたことは言うまでもなく、それが校内で盛んに使われ、今では点訳の傍らになくてはならない1冊になってきている。  そして、第3版の「新点訳便利帳」の頃から次第に全国から要望があるまでになってきた。そこには、大元の表記法があっても、ボランティア用のてびきがあっても、盲特別支援学校教職員が点字技術を維持・向上させる手段に苦慮していることが伺える。  21世紀に入り、従来の教育の在り方では対応できない新たな教育の考え方が急激に押し寄せてきた。特別支援学校、障害種別にとらわれない学校、地域障害教育のセンター的役割などキーワードがいくつも登場してきている。  そこで大きな鍵を握るのが教職員の専門性である。多種多様な障害教育に対応すべく広範囲な知識と専門技術を有することが求められている。とは言っても、視覚障害教育を中心に据えている現盲特別支援学校としては、視覚障害部門の専門性をさらに深めることが求められ、在籍者への教育の他に教育センター的機能を強化すればするほど、外部に対して支援を行えるだけの実力を兼ね備えなくてはならないということになる。  その専門性の一つである「点字」ということに目を向けるだけでも、教職員の入れ替わりが激しい学校現場においては、点字に熟達した職員の減少傾向は否めない。その盲特別支援学校の教職員がより高度な点字指導技術の修得を図るためには、内部での自己研修あるいは共同研修しかないのが現状である。在籍する児童生徒の減少、障害の重複化、単一障害の児童生徒が統合教育の中で学んでいく傾向にある現状の中で、教職員の専門性向上の意欲を高め、確実な知識や指導技術を習得していく取り組みは、全国の盲特別支援学校の切実な課題であり、大きな悩みでもある。  点字の表記に関しては、点字表記の大元である「日本点字表記法2002年版」(日本点字委員会発行)が出されているが、これは規範を示すものであって、その解説は難しく、実際の点訳の際に使いやすいとは言い難いものである。一方、点訳ボランティアサイドには、「点訳のてびき第3版」(全国視覚障害者情報提供施設協会発行)があり、講師付きの研修会が各地で開催され、高度な点訳技術を持つボランティアが養成されている。しかし、盲特別支援学校サイドでは、適切な研修会や指導書あるいは研修資料が不足している。  この流れを受けての今回の発行は、大元の表記が2002年に改訂されたという経緯も含んでいるが、盲特別支援学校関係者が自己研修するための手引き書として、単に点訳をするためのものとしてだけはでなく、指導法や指導上の留意点も取り入れたものを目指し、盲特別支援学校教職員のための研修資料として活用できるように編集した。  編集にあたっては、内容を第1編と第2編に分けた。  第1編の「点字表記」に関しては、点字のきまりそのものを紹介するわけだから、既版のものと内容を大きく変えるわけにはいかないが、それでも教育現場で必要とされる内容を多く取り入れた。また、盲特別支援学校ならではの自己研修のためのアドバイスや指導上留意すべき点などを入れることも心がけた。また、数学記号、理科記号、情報処理用点字、点字楽譜、英語略記などの専門分野においてもそれぞれ分散している手引き書を参照しての研修は難しいと考え、この「点訳便利帳」1冊あれば基本的なことは理解できるように編集した。さらに専門分野を深めるためには、各手引き書を活用することを厭わないでほしい。  この第1編の編集にあたっては、「日本点字表記法2002年版」を基本に据えたことは言うまでもなく、解説がわかりやすい「点訳のてびき第3版」から多くを引用した。また、この2誌に加えて「点字数学記号解説 暫定改訂版」「点字理科記号解説 暫定改訂版」(共に日本点字委員会発行)「点字楽譜のてびき」(文部省発行)などからも多くを引用した。その他、参考にした図書は数多く、それぞれ関連する箇所に記載してある。  第2編は、点字を指導する上での参考資料となるものを挙げた。過去に本校点字研究部で取り組んだ研究内容が多く含まれているが、「その8 触図の作成と読み取り指導」は十分に研究されていない分野であり、今後の課題だが、問題提起だけでもと考えて採り上げた。この編に書かれている内容あるいは関連する分野は今後盲特別支援学校サイドで活発に研究されるべき内容と心得る。  本校の点字研究部員は決して点字の熟達者ばかりではなく、赴任したばかりの点字初心者も多く含まれていた。だから、編集に関わること自体相当な困難を伴ったが、「日本点字事情・かわら版」を発行して、改定内容を職員に知らせる努力や分担した章の学習会を開くなどして、熟達者が初心者に伝達する努力をしてきた。だから、初心者であっても研修することによって内容を理解し、編集作業に携われることを証明した冊子でもある。実際、一盲特別支援学校の点字に熟達していない素人集団が編集したものであるので、その不備は多く、指摘されるべき点も多いと思うが、逆に素人だったからこそ点訳する時の素朴な疑問を見逃さなかったとも言える。  このようにして作り上げた冊子ではあるが、今後改訂が行われたり、新たな分野の指導法の研究が行われれば、それを反映したものにしていかなければならない。これからも何らかの形で、この20年続いてきた伝統を引き継いでいきたいと思う。 内容紹介    第1編 点字表記 第1章 語の書き表し方  第2章 分かち書き 第3章 アルファベットと外国語 第4章 数字・数学記号  その1 数字  その2 数学記号   T 小学校算数の分野    演算記号や関係記号を含む式、式に使うカッコ、小数、分数、単位、    言葉を含む式、□を含む式、   U 中・高等学校数学の分野    数式指示符、文章中の数式の書き方、分数、長い数式や行を移して書く数式、    単位、図形に関する記号、添字、根号のついた式、      <参考>点字数学記号抜粋とギリシア文字 第5章 記号・符号の使い方 第6章 書き方の形式  その1 いろいろな文書の書き方    見出し、本文の書き方、作文、詩、手紙、はがき、表の書き方、    会議資料・案内文の書き方  その2 試験問題の書き方    書き方の形式、文章中における記号や点字化の配慮、問題形式ごとの具体例      および解答例、その他の問題形式を点字化するときの指示の出し方、    答案の書き方、宿題や小テストの例 第7章 理科記号    化学式、化学反応式、日本語文中の化学式・化学反応式、    その他の書き表し方抜粋、理科の専門用語の切れ続き、行移し、単位 第8章 情報処理用点字    ホームページやEメールアドレスの書き方、情報処理用点字記号の使い方 第9章 古文・漢文  その1 古文の仮名遣い  その2 古文の分かち書き  その3 漢文の表記 第10章 点字楽譜  その1 点字楽譜    五線譜と点字楽譜の違い、音符と休符の長さの表記、音の高さの表記、    音列記号と音域、諸記号を書く順序、鍵盤楽器の曲の表記  その2 箏曲    箏曲楽譜と点字楽譜の関係、音符の長さ <参考> 点字楽譜記号一覧    第2編 参考資料 その1 パーキンスと点字盤の操作      パーキンスブレーラーの操作、点字盤の操作、チェック項目 その2 ファイルの整理と用具      ファイルの整理、点訳時の便利な道具、点字用紙の種類、購入先 その3 特殊音      特殊音の種類、特殊音の分類 その4 アルファベット      ブライユの点字配列表、アルファベットの覚え方こじつけ法 その5 点字学習のレディネス      触察経験、探索行動、触運動のコントロール、手指の分化と協応      事物の分類、触空間の形成、話し言葉の分解・構成      バーバリズム、象徴機能の学習、点字学習への動機づけ その6 点字の読み指導と書き指導      読み指導、指導計画作成に当たっての留意点、書き指導 その7 点字使用者の漢字指導      漢字教育の必要性、データの種類、教材の活用の仕方      指導方針、具体的な指導方法 その8 触図の作成と読み取り指導      触図の特徴、触図化を始める前に、触図作成の方法各種      触図製作の留意点、触図読み取り指導    その2 触図の研修 (2004年度の取り組み)  この課題に取り組んだ背景には、次のような状況がみられたからである。  まずは、触図を作成して授業で活用しようとする職員の意識が低く、教材を作成している場面を見ることが非常に少ない。それに伴い、作図方法や点字を書き入れる道具、立体コピー器具の使用法などを知らない教員も多いことが挙げらる。触図教材を日々の教育活動に取り入れていくことは大変重要で、概念形成やイメージ化および触察技能を高めることは学習上必要不可欠なものであるので、適切な触図教材の提供を心がけた教育を行っていかなければならない。特に近年、立体コピー機やコンピュータによる点図ソフトの開発により触図作成が可能になったことで、億劫がらずに学習者個々の用途に合わせた触図を作成し活用していくことが望まれる。  次に、単一障害の児童生徒の減少で、教科書を活用しての授業が少なくなっていることで、教科書にどのような点図教材が載っているのか、墨字の図をどのように表現しているのかを知らない教員も増えてきていること。また、教科書を活用しながらもその中の点図の活用が十分にされておらず、触読の指導がおろそかになっていること。また、触図読み取りの指導に関して、幼稚部から中学部にかけて適切な指導がなされているか、その指導法を系統立てて構築しているかなどの疑問が多くあり、その指導法に関しても有効な示唆がないことも原因している。  これらの課題解決は、すぐには達成できない非常に難しい分野であり、全国の研究発表もほとんどなく、試行錯誤の状態であって、その分野に少し足を踏み入れて、まずは研修することから取り組んでみようと始まった。  実際には次のような研修を行った。  1.教科書にどのような点図が掲載されているかを知る。  主に、理科・社会の教科書の墨字版と点字版を参照した。しかし、実際に授業で扱ったわけではないので、詳しく調べることは出来なかった。  今後、この検証のためには次のような観点で調べることが必要だと感じた。 @墨字版の図や写真のどれが点図化されていて、どれが文章表記に直されて省略されているのか。 A原図の情報の何が取り上げられ、何が省略されているのか。 B図の形状はどのように再現されているのか。そのまま忠実に表現しているのか、あるいはデフォルメ化してあるのか。 C立体図はどう表現しているのか。 D線の区分、面の区分はどのようにしているのか。線や面の種類はどれくらいあるのか。その種類分けでどれくらいの情報を得られるのか。 E図の配置や大きさはどのようになっているのか。 F点字の表示はどのように書き込んでいるのか。 G補助線や引き込み線はどのようになっているのか。 H図の説明や解説はどのようにしているのか。 I点図、サーモフォーム・立体コピーなど、図の作成方法による違いはどうか。  2.実際に立体コピーで触図を作成する。  授業に直接役立てる図の作成まではいかず、初歩的な図の作成で終わった研修会であったが、作ったものを持ち寄り、全盲教員に触ってもらいわかりやすさを検証し、改善策などを話し合った。  その中での作成者の感想を、1.で行った検証の観点毎に整理してみると次のようであった。 A原図の情報の何が取り上げられ、何が省略されているのか。 ・図にする時に不必要な情報と残すべき情報の区別が難しい。特に墨字の元があると、ついこれも入れたいと思ってしまう。 ・そのものを詳細に表すのではなく、余分なものを省いて必要最小限の情報のみをわかりやすく表現する。その省く情報の判断が難しかった。 ・晴眼者が使っている図をどのようにデフォルメするかに問題がある。これは触図への慣れによって異なり、初心者はデフォルメを強くし、次第に現物に忠実にする必要があると思われる。 ・触図によって何を伝えたいのかを明確にしておく必要がある。 B図の形状はどのように再現されているのか。 ・線で形を表しても、線としてしかとらえられないとのことを言われるまで全く気づかなかった。自分はその形をイメージしながら触っているので、無意識のうちに面や立体を作り上げているのだと感じた。 ・形は細部までこだわらず、大まかな形でも分かる。 ・触ってわかるようにと考えながら作ったつもりでも、視覚的な判断と図のレイアウトをしていた。 C立体図はどう表現しているのか。 ・平面に立体を表すこと、その図を触り、立体を理解することの難しさを感じた。 ・見る角度によって違う立体をどう表現するのかが難しかった。 D線の区分、面の区分はどのようにしているのか。 ・図中の点や線の区別が子供にわかりやすいかどうか、指摘されて気づいた。 ・描く線も、太さや線種を変えて書く工夫が必要だった。 ・線は太すぎるとかえってわかりにくかった。 ・細かい斜め線は区別が付きにくい。 ・絵本の絵をどう表すかが難しかった。細かい面の区別をどうしたらよいのか、塗りつぶすよりも点や線などで違いを表す方がよく、違いがわかる面情報の区別の方法を知りたい。 ・地図の海面部は点を使うことが多いが、点を使うと逆に強調されるので、何もない方が海らしくてわかりやすいという意見もあった。 E図の配置や大きさはどのようになっているのか。 ・どのような方法を用いて触図を作成するかによって、指先の2点弁別域にあった方法を考える必要がある。 ・指先の視野(触野)を考えた広がりの触図が望ましい。 F点字の表示はどのように書き込んでいるのか。 ・書き込む点字の位置は、図を触ってわかりやすい場所にする方がよい。 G補助線や引き込み線はどのようになっているのか。 ・引き込み線などの選択と工夫が必要で、多すぎるとわかりにくく必要最低限がよい。 H図の説明や解説はどのようにしているのか。 ・図のみで学習するのではなく、教科書や言葉などで学習したものの復習や再確認として有効であると感じた。 I点図・サーモフォーム・立体コピーなど、図の作成方法による違い ・立体コピーは、凹凸がきれいに出ないことが多い。太い線よりも細い線の方がわかりやすい。 ・立体コピーよりサーモフォームの方がわかりやすいが、製作の方法がない。立体コピーは触察の感度に限界があり、ボロボロになる。 また、検証者である全盲職員からは次のような感想を得た。 ・触図と言えば、必要最小限の事柄を表すこと以外、あまり意味がないと思っていたが、それ以外にも音声ガイドを活用したものなど、可能性が広がるような触図もあった。 (「しゃべる触地図」の活用) ・今後、よりよい触図がたくさん出来るよう情報量やコントラスト、引き込み線についても情報提供していきたい。 ・まずは何でも触って形を確かめるという意識付けと小さい頃からの触察経験が必要である。 ・触り慣れることが触図を理解する第一歩である。 ・平面的なものは触図でも理解しやすい。立体的なものは、簡単なもの以外はまず説明を聞いてからよく落ち着いてゆっくり見ないと理解できない。 ・浮き出し方やへこませ方、線の太さ、濃さ、薄さ、触った時の感触の違いなど、いろいろ区別できるものがあるとわかりやすい。 ・地図は、その地図で知らせたいこと(例えば、道路・電車の経路、建物の配置など)を強調して作るとよい。 ・点字はなるべく書き入れられれば、その方が望ましい。 ・触図の大きさと細かさの問題が、わかりやすい図になるかどうかの問題と関係がある。自分が動いてみなければならないような大きな図はわかりにくいが、B5〜A3それぞれの大きさの中に表現できる細かさの限界がある。 ・まず外枠の形を先に見るので、それをはっきりさせること。中はあまり複雑で細かいとわかりにくいのでどのように精選するかが課題になる。 ・物を表現したのを触るという行為の中に、具体物を知るという意味とイメージを助けるという意味合いがある。正確に表す必要のあるものと、イメージをふくらませて触るものの両方の種類が必要。触るのと一緒にどのようにイメージさせるかというのも大切である。  始まったばかりの触図の研修では、疑問が多く、多種多様な表現方法があるために、ひとつの回答に絞ることはできにくい。しかし、基本的な留意点を押さえ、作成方法の概略を知っておくことは必要である。上記の疑問にある程度答えられる資料として、本研究部が作成した点訳便利帳の触図に関する章の紹介をする。また、今後、触図に関する研究が更に深まることを願っている。 『点訳便利用2003年版』 第2編 その8 触図の作成と読み取り指導  1.触図の特徴  (1)触覚で認識できるのは両手を広げた範囲内に限られる。  触覚による情報は、常に目に飛び込んでくる視覚情報とは違って、両手を広げた範囲だけであり、意識的に触ることで得られるものである。直接触ることのできない大きな世界の認識あるいは指先で区別がつけられないような小さな世界の認識はできにくい。だからこそ、それらを表した触図による概念化・イメージ化・全体構成化を図る必要がある。  (2)一定面積の中で触覚から得られる情報量は非常に少ない。  同じ面積に入る触図の情報量は、視覚による図の数百分の1から数千分の1である。これは、視覚と触覚の分解能の差だけでなく、離れた場所のパターン認識の差や色彩など、情報の種類の差も含まれる。  (3)図形全体を把握するまでにかなりの時間を要する。  視覚図形は一目瞭然でわかるのに対して、触覚では指先のスキャニングによって情報を読み取り、その順次得られる細切れの情報を積み重ねていって、全体像を頭の中で描かなければならない。そのため、触図の読み取りにはねばり強さと時間が視覚による図の場合の数十倍は必要となる。  (4)立体を表現した図形を理解するのはかなり困難である。  立体的な内容を視覚的な奥行きとして描いている図をそのまま触図にしても、触覚で遠近感を感じることが出来ないので、立体的な内容が読みとれない。だからといって、視覚系の図に関する知識と理解力および想像力を要求するのも疑問であり、視覚によらない作図をするなどの技法の転換が必要である。  (5)触図そのものが身の回りに少ない。  視覚によって物の位置関係やその関連性の情報が常に確認できる状況と違い、それらを表す触図が身の回りにあまりにも少ない。さらに触図に接する経験が少ないために読み取りの技能向上や理解も十分に進まない状況が生まれる。  (6)触図の読み取りには個人差が非常にある。  視覚経験がある中途失明者と先天盲の場合、手指の巧緻性や空間認知力の問題、具体物の触察経験の違い、触察したものをイメージ化や全体構成化できる能力の問題など多様な観点から個人差が生じる。そのため、一つの図が全ての学習者に適応するとは限らないが、学習者の触察技能や理解力を高めることによって多数の人の理解を促せる触図を作成することは可能である。 2.触図化を始める前に  (1)必要な図とさほど必要でない図を識別する。  概念を表す図は必要性が高いが、写真やイラストの多くは必ずしも触図でなくても、例えば本文の記述から内容がほぼ理解できる場合もある。また、相当な時間をかけて触図を読み取るよりは、文章化された説明を読む方が理解しやすいものも少なくない。このような場合は触図化することを省略できる。  しかし、たとえ写真であっても、図形的な2次元の広がりによって表現されている概念があれば、触図とすることが求められることも多い。このような図の情報はできるだけ触図化していくことが望ましい。  (2)触図化するかどうかは用途による判断も重要である。  目安の一つは、触図化された資料の説明をサポートできる人がいる環境で使用されるかどうかであり、環境が整っているときはできるだけ触図化する方がよい。しかし、一人で使用しなければならない資料、特に点字による試験等においては、対象となる受験者の触図能力の差が点数にすぐに反映してしまうこと、また、触図は理解するまでに時間が大幅にかかることなどから、必要最小限にとどめる必要があり、場合によっては図を省略したり、代替え問題とすることも必要である。 3.触図作成の方法各種  触図材料や製作方法にはそれぞれ次のような特徴があり、どの方法を用いるかで触図のわかりやすさと情報量に違いがある。この中で、学校で個人的に作成しやすいものは、次に挙げる (4)立体コピー (5)点図ソフトの活用である。  (1)エンボス点図  紙に凹凸の浮き出しをつけることを指し、点字盤やタイプライターで一枚ずつ手書きのものから、二つ折りの亜鉛板に機械製版あるいはたがねなどで凹凸をつけ、ローラーに通して大量印刷できる方法などがある。教科書の図は後者の方法により作られたものである。点字盤では紙押さえの針穴に点字用紙を裏返さずにずらすと行間を埋めて書くことができるし、プラスチック製点字器の紙押さえの針を削り落としておくと、任意の場所に任意の向きに点字を書くことができる。  (2)サーモフォーム  理科や社会などの教科書に時折詳しい図を必要とする箇所に挟んである茶色のプラスチックシートである。原版をさまざまな素材を活用して凹凸のあるものにして、その上からこのシートをかぶせて熱処理したもの。原版の素材の模様がそのまま表せるので細かい表現ができるが、原版作成に時間を要したり、大型の機械を所有していないとできないので一般的ではない。  (3)発泡インクやUVインクによる印刷  発泡剤を混入したインクを熱処理するものや紫外線に反応するUVインクを凝固させて印刷したもの。多色刷り・重ね刷り・墨字併用刷りなどが出来、大きな図や大量生産に向いていて、印刷会社が作成している。  (4)立体コピー  カプセルペーパーという発泡剤を封入したマイクロカプセルを一面に塗った紙に、事務用複写機で白黒パターンの原図をコピーし、これを専用の現像機で加熱すると黒いところだけが発砲して盛り上がる。手軽に利用できるが、あまり細かい表現は困難である。  (5)点図ソフト  コンピュータを使って作成できる点図ソフトがいくつかある。代表的なのは無料ソフトの「エーデル」であるが、その他「点図くん」などもある。PC機器の急激な進歩にそれぞれの稼働環境が対応しきれない制約はあるが、スキャナーから図を読み込んだり、既成のフォントや図形データを活用できるものもあり、一度作ったデータを共有できるので、活用を積極的に勧めたい。 4.触図製作の留意点  (1)文章説明での置き換え  触図にする前に、図の内容を文章で説明することにより、触図を省略することを検討する。  (2)触図の挿入場所  関連する文章の後に図を入れることが望ましい。文章により、図の意味が少しでも分かってから触図に触り始めれば、理解ははるかに早い。  (3)触図の情報は最小限に  入れることができる情報量が非常に少ないため、触図として表す情報は、本当に必要なもののみにとどめ、他の情報は省くか大幅に簡略化する。  (4)記号の種類は極力少なく  触って区別をすることができる記号は、せいぜい数種類程度であり、1マスや2マスの点字を記号とすることも有効で、言葉の頭文字など、凡例を一度見ればあとは見なくてもよいような工夫が必要である。  (5)言葉で図を補う  触図の読み取りよりも点字の方がはるかに早く理解できるので、原図になくても、短い適当な言葉を添えることは有効である。  (6)立体図や斜めから見た図  理解しやすいように平面図とし、「上から見た図」や「横から見た図」として描いたり、断面図を添えることも有効である。なお、その場合、展開図的な配置にする方が理解しやすい。  (7)地図  触読では、方位が直角に描かれていて地域の形状のゆがみの少ないメルカトル図法やミラー図法などでないと、地域の把握が困難になる。地図の端が大きく歪む各種の円錐図法やモルワイデ図法などで描かれている場合は、メルカトルなどの図法に置き換えることが望ましい。また、海、平野、山、都市の名称など、決め手となる言葉をできるだけ添えて理解を助けることも触地図には必要である。なお、歩行用の案内地図などでは、歩く部分をフラットな面で強調するなど、触読する人の立場に立った面記号の選択をすることも重要である。  (8)横書き  普通の点字用紙は縦長に使用されるが、図の配置から、横長にして描く方がおさまりがよい触図も多い。横長に触図を描くことを「横書き」と言う。この場合、通常の縦長用紙の欄外(ページ数の入る行)の左端には「ヨコガキ」と書いて触読の方向を示し、縦長の用紙の右側が下になるようにして描く。  (9)見開き  一つの図を左右の両ページを使って描くことを「見開き」と言い、大きい触図が必要な場合に用いられる。 5.触図読み取り指導  (1)小さい頃から多くの図に触らせる。  具体物を触察したら、それを図に表すとこのようになるという経験を積む中で、具体物からイメージ化ができるようになる。また、歩行などで自分が歩いた経路を図で確認することによって空間を把握し、頭の中に地図をイメージすること(メンタルマップ)へとつなげていく。  (2)両手の協応動作で図を確認していく。  点や線を触る人差し指だけでなく、両手10本の指を有効に使うようにし、面への広がりを意識して探索できるようにする。また、形をたどっていく基準の指を中心に、始点から終点へ、前後左右への各部への移動などを規則的に動かせるようにする。  (3)全体把握のあと各部分の確認、そして全体の構築化  まず、全体の図の配置がどのようになっているのかの全体像をつかみ、各部の探索に入っていく。その後にこれらを構成して全体がどのようになっているのかを理解する。  (4)図の説明文などをよく読んだ上で図を触り始める。  図がどのような状況下で描かれているものかを前もってよく理解しておくことで、図の理解も早くなる。凡例や言葉の説明なども事前に読み、大方の傾向を知った上で触り始めるとよい。  (5)図中の点字記号類には関連性があることを知る。  図中には頭文字などを使った点字記号が使われていることも多いので、凡例を一度確認したら類推できる。凡例を読むときにその関連性を考えさせると、後の確認作業が楽になる。また、点図記号類は図の種類によってよく使われるものの傾向もあるので、多くの図に接していると理解度も早い。理科などで平面図に対して3次元の方向性を表すものとして「紙面の表から裏向きへ」は×、「紙面の裏から表向きへ」は◎を使っているなど統一された印もあるので知っておくとよい。(もちろん説明書きにも書いておく。)  (6)線の種類や面の模様などを区別できるようにしておく。  図にはいろいろな線の種類が使われているので、それらを区別できる触察能力を高めておく。例えば、強調してある太線、細かい部分を示す細線、領域を示す区分線、補助線や引き込み線などいろいろあるので、それらを混同しないように区別できる技能とイメージ化できる理解力を高めておくことが大切である。また、面の模様の種類分けができ、その境界線を読み取り、示された範囲を全体構成の中で理解できるようにすることも大切である。  (7)分野によっての図の傾向の違いを把握しておく。  自然物、実験図、模式図、地図など分野ごとに作図の手法や描き方が異なっていることに着目し、その傾向を知っておくとよい。例えば、自然物は曲線構成や重なりなども多いので、それをイメージした探索方法を採り、植物図などでは地面を探した上で順に上方向への探索をするとか、動物図では頭を探して順に体を探索していくなどの方法もよい。また、実験図では器具の形の確認や配置とその連結などを確認していく。地図では一定のパターンがあるので、多くの地図を触ってその共通性を理解しておくとよい。  (8)初期段階では解説や図の読み取り方を丁寧に解説する。  指導者あるいは解説者なしでは図の読み取りは容易ではない。小さい頃からの丁寧な解説と読み取り指導により、徐々に慣れ、次第に触察技術も向上する。最初からすぐに理解できる者はないと思って指導にあたることが大切である。  (9)学習内容に合わせて触図を積極的に活用する。  教科書に載っている図はもちろんのこと、補助教材として立体コピーや点図ソフトを積極的に活用し、図に触れさせる機会を多くすることを心がける。点字使用者は、図の読み取りを苦手とし億劫がる傾向はあるが、興味を持って多くの触図に接することにより、言葉だけの理解に陥りがちな視覚障害者の学習環境を改善し、直接触れない世界の理解を深めたり、適切な概念形成が図られるように指導していくことが大切である。