平成15年度 弱視教育研究全国大会 発表                   平成16年度 関東地区視覚障害者研究大会 発表 平成16年度 神奈川県弱視教育研究会 発表 「弱視教育」第42巻1号掲載    弱視者の漢字学習および点字と墨字の使い分け指導 小学部教諭 道村静江 1.視覚障害者の漢字学習教材の提供  近年の情報機器の著しい発展は、視覚障害者の文字処理環境を大きく変え、社会参加への大きな足がかりになってきている。しかし、それらの機器を有効に使いこなすためには、漢字を活用できる力を身につけていることが必要不可欠で、特に点字使用者に対しては、この課題は大変重要で、そのための学習教材が不足している。また、弱視者も個別の見えにくさから、利用しやすい教材が発行されていないのが現状である。  現在、小学4年、5年と2年間全盲児と弱視児が混ざった学年を担当してきた中で、両者が共に活用できる教材を作り、対応している。今回はそれを中心に紹介する。  また、この5年間の漢字指導の実践から、視覚障害者への漢字学習教材が整ってきたので、それらを全国の必要としている人たちに広く活用してもらうために、「点字学習を支援する会」から漢字学習資料のデータを提供したり、晴眼者のサポートを受けやすい墨字併記が可能なUV点字での冊子の発行を行った。と同時に、点字版冊子の原本としての意味合いを持つ拡大文字の墨字版も発行した。(現在は小学1年・2年を発行)  その他に、点字導入のためのUV点字のテキスト「点字導入学習プログラム」と点字のきまりを指導者用として解説した「点訳便利帳2003年版」も発行した。 2.弱視者用の墨字版「視覚障害者の漢字学習」冊子の内容紹介(資料1,2)  漢字の学習に必要な要素として、字体、PC音声での詳細読み、訓読みと音読み、その漢字が使われている語例、漢字のもつ意味、字形と成り立ち、部首、筆順、画数などがある。これらの要素のうち筆順と画数を除くものを盛り込んだ資料作りを実現した。  字体は、180ポイント教科書体太字で表し、トメやハネなどの各部分がはっきり確認できるようにした。  PC音声での詳細読みは、これから情報機器を使いこなしていくためには知っておくと大変便利で、漢字を端的に説明できる有効な要素であり、よく使われている2種類(XPリーダー、PC−Talker)を併記した。  訓読みと音読みは、学年相当の学習段階では順を追って登場するものであるが、必ずしもその学年だけの対象児が活用するとは限らないので、その漢字の読み方全てを載せた。  語例は義務教育修了段階までに読めるようにしておきたい言葉や日常生活の中でよく使われる熟語、また、大人になってから使うと思われる語例などをスペースの許す限り載せた。この語例は学年相当としては難しい言葉が多く載せてあるが、漢和辞典や漢字学習辞典を活用しにくい視覚障害者が、語例集として活用できるものとしてのねらいもある。  これら3種類の要素の字体は、24ポイントの丸ゴシック体太字で表し、ルビは9ポイントとした。丸ゴシック体は線の太さが一定で、線の重なりが分かり易く、弱視者が読みやすいとされる字体である。  漢字学習のサポート要素として挙げた、字のもつ意味・字形・成り立ち・部首は、解説として活用してもらうことを考えた。漢字の形だけ知っていても熟語の漢字選択の際には漢字がもつ様々な意味を知っていることが大切で、そのための補助資料とした。  字形は、部首や旁などの形の構成からどんどん新しい漢字を学習していくことが可能であったり、漢字同士を関連づけるための重要な役割を果たしている。  成り立ちは、機械的な覚え方になりがちな学習を楽しくさせる興味づけにもなり、由来からくる字の持つ意味を考えるなど漢字の奥深さを味わえる要素でもある。字形や成り立ちは、弱視者用であれば視覚に訴えた図や絵文字で表現することもできたが、点字版の原本的意味合いの強い冊子としたため、点字使用者にもわかる文章表記に書き直した。 3.弱視児の漢字学習の困難さと実際の指導  弱視児の見え方はそれぞれであり、ひとまとめにして語ることはできない。当然、教材なども個々の学習者に対応したものを準備しなければならず、その教材を他で活用したいと思っても汎用性は非常に狭い。  実際に小学4年生から2年間担当して、弱視児の漢字学習の困難さを痛感した。  担当児は単一障害の4名で、2名が全盲の点字使用、2名が弱視である。弱視児2名のうち、一人は0.2の強度近視で視力自体にはそれほど問題はないが、覚え方や手指の巧緻性などに課題が多い。もう一人は片眼だけの視力0.04で視野狭窄がある。最大視認力はかなりあり、目を近づけて細かい部分まで判別できるが、漢字学習に苦手意識があり、他の知識力や暗記力はすばらしいのに、こと漢字となると不思議なほどに覚えられない。  この二名の指導を通して、次のような所見を持った。  漢字学習の困難さは、視力からくる線や形の読み取りにくさだけが原因しているわけではないようである。もちろん拡大して細部を判別できるような大きさで提供すれば、クリアされる問題も多いが、視覚の中に入ったとしても瞬時に各部品が判別できる力が備わっているわけではなく、ゴチャゴチャした感覚にとらわれているようで、正確な部品を覚えにくい。また、日常的に文字が目に飛び込んでこない弱視児にとって、漢字を見慣れていないことも大きく影響し、瞬時に判別する力が養われていないことも原因の一つであると思われる。実際にまねて書かせてみると、線が抜けたり、形は何となく似ているけれども正確ではないということが度々ある。  漢字学習を進めていく中で、最も困難だと思ったのは、その定着度である。新出漢字を1画ずつ丁寧に書き、その場で覚えたとしても、すぐに忘れてしまう。知的には問題ないはずなのに、何度復習しても覚えきれない場合が非常に多い。それは、文字全体を一つの絵のように覚えているからなのか、漠然と見ているからなのかよくわからず、どういう覚え方をしているのか判断がつかないことが多く、指導上行き詰まることが度々であった。  その解決策の一つとして、篇や旁などの各部品を丁寧に解説し、その組み合わせで新しい漢字を覚えさせていく。1年生からこの方法を採っていれば、視覚のみに頼る学習から解放され、部品で構成していく力が身に付き、中学年以上の山ほど出てくる学習に対応できたのではないかと反省する。この部品の組み合わせで覚えていく学習法は、漢字同士を関連づけることにもつながるし、書く場合にも正確さが出るし、忘れた字を思い出させるにも説明が簡単である。また、実際に書いて提示するのが苦手な視覚障害者にとって、漢字の構成を言葉で説明できることは役に立つ。この指導法を重点的に行うことによって、山ほど覚えなくてはならない漢字が少しずつクリアされてきている。(点字使用者にとってはこの指導法は非常に有効で、すばらしい効果を上げ、年間200字覚えなければならない漢字を全てクリアした。)  実際に、小学4年の時に「資料3」のような新出漢字1字ずつを覚えさせるフォームを作成し、200字学習させたが、終わってみれば機械的作業だったためにその定着度は非常に悪かった。5年生になり、4年生の200字がほとんど習得できていなかったので、再度復習をせざるを得なかった。そこで、「資料9」のような練習帳を小学3年・4年・5年と3冊作成し、PCの詳細読みを徹底的に覚えさせると共に、漢字を部品の構成で口頭で言えるようにすることに重点を置いた。また、その漢字の使われている身近な語例を書いて覚えるように、十分なスペースをとった練習帳を活用させた。  5年生の新出漢字は「資料3」のようなフォームは廃止し、「資料4」の5年生版を活用しながら、練習帳を使って書く作業を進めた。この中で、書くことばかりに重点を置くと、作業が機械的になり、嫌気がさしてしまうので、口頭で部品を言えたり、PC詳細読みを唱えることにより音訓読みを習得させた。  この5年生になっての取り組みは、非常に効果が上がり、夏休み前までは4年生までの復習を重点的に行った。夏休み以降、5年生の新出漢字習得に力を入れた。教科書の読みでは、新出漢字の学習が追いつかないので、ふりがなを振らせたり、読みだけは出来るように繰り返し読ませることで対応した。大きな単元の間にある「言葉の学習」で出てくる山ほどの新出漢字は飛ばして、現在の進行状況の新出漢字の学習に合わせた。  3・4年生の漢字を使いこなすためには、社会や理科、メモ帳・日記などの場面で、とかくひらがなになりやすい書きを、時間がかかっても既習の漢字を書かせるように意識させ、書けない漢字を口頭で説明して思い出させ、出来るだけ書かせるように根気強く指導している。徐々にその成果が表れ、漢字を書く量が増えたり、部品で理解しているため文字全体の構成がイメージできるせいか、バランスの良い字が書けるようになってきている。  また、書くことの困難さは、視力からくる見えにくさから、バランスを考えられなかったり、細部への意識が雑になったりすることの積み重ねが、書き技術を向上できない原因になっていると思われるが、一方では、鉛筆を持ち慣れていないことや細かな線の動かし方ができない手指の無器用さも目立つ。だから、書き順や細部の注意は必要最低限にとどめ、漢字を思い出せたり、イメージした形を書き表せることに、重点を置いている。 4.弱視児の漢字指導の見通し  PC機器が発達し、画面上の拡大文字や音声サポートから楽に操作できる環境になってきている。これからは、直筆で書く必要度が薄れ(個人的なメモ程度の活用)、PC機器での文字処理が必須条件となってきている社会状況から、本人を苦しめる書く作業は最小限にとどめ、読む力、正確な漢字選択できる力を育てる方向での指導に重点が置かれてよいと判断する。  この方針から、書き順や画数などの指導はほとんど省略し(低学年で学習しておけば高学年では省略しても差し支えないと判断した)、読みに重点を置いた指導に切り替えている。漢字を識別するためのPC音声の詳細読みを覚え、音訓読みとその漢字が使われている語例を知ること、熟語を見たときに音読みで即座に読めること、同音異義語の言葉に当てはまる漢字を選択できる力をつけることが必要である。  中でも、音訓読みがうまく組み込まれていてその漢字を適切に表現できるPC音声の詳細読みと、字形を思い浮かべられる部品の組み合わせを覚えることに復習の重点を置いた学習を進めた。この結果、多くの熟語の漢字選択が適切にできるようになってきている。特に、音からくる選択だけに頼らず、字形の部品を考えることによって漢字の持つ意味を自然に考えるようになってきている。 5.具体的な教材作成の例  @墨字版「視覚障害者の漢字学習」の弱視者用学習頁(資料1)   A「視覚障害者の漢字学習」の墨字版点字版共通の解説頁(資料2) B新出漢字を覚えるための教材(資料3) CPC詳細読み、音訓読みとその語例の教材(資料4) D部首、字形の構成、成り立ち解説の教師用資料(資料5) E漢字カード教材(資料6)<裏にPC読みを書いておく> F教科書に出てくる熟語や言葉を読む練習教材(資料7) G下学年の漢字の復習教材(資料8) H下学年および新出漢字を覚えるための練習帳(資料9) 6.点字と墨字の使い分け  担当児童の片眼視力0.04の弱視児は、1年生から墨字を使用してきた。最大視認力はかなりあり、目を近づければ裸眼で小さい単独の文字でも読むことが可能である。15倍のレンズを使うと10ポイント程度の文字を連続して読むことができるが、長文となると拡大教科書の24ポイントでは楽に読めず、36ポイント程度の独自の拡大本を作成して対応してきた。しかし、眼疾や視力の状況から長文を読み続けることには疲労を伴うようで、読速度も向上しない。  知的には優れているが、漢字に苦手意識があるためか漢字を覚える力が極端に低い。毎学年漢字を必死にやってきて4年生に担当した時には、2年生の漢字さえも不十分で、4年生になってからも2年生の漢字を復習し、やっと覚えた感がある。3年生の漢字は大部分を忘れ、必死にやっている4年生の新出漢字もその定着はおぼつかない。  高学年の長文の国語教材を読むこと、しかも読めない漢字がたくさん入り込んできていることから、今後、墨字のままで全ての教科を進めることは無理であると判断した。また、文章を書く力においても、思いはたくさんあるのにいざ書こうとすると、墨字の書きにくさから極端に稚拙な文章になってしまうことや、本を1冊も読破したことがないという読書習慣のなさも高学年の学習に影響を及ぼすと考えた。  そこで、国語は点字で行い、算数・理科・社会などは墨字で対応することにした。  点字の導入は「点字導入学習プログラム」を使って夏休みから始め、週1回のサポートで親と一緒に学習プログラムに沿って進めたところ、50音を夏休み中にマスターし、9月に入って濁音・拗音・記号・数字などを次々とクリアし、9月末には文章が指で読めるようになった。読速度は遅いが10月から点字教科書を使用して他の児童と一緒に国語の単元に参加できるようになった。よく感じる指と理解力、点字を読めるようになると楽になるという思いからのがんばりが短期間での修得につながった。  点字の書きは、パーキンスブレイラーを使い、10月から始めたが、すぐに覚え、毎日のように日記を書くことですぐに速く書けるようになった。これで、国語の授業では点字使用によって非常に楽な参加となった。また読書量も徐々に増え、感想文や日記の記述にも長さと深みが出てきた。  算数は、点字よりも墨字の方が計算や図形理解も楽なので、拡大墨字教科書を使用。理科や社会は教科書を使う回数も少なく、文章よりも図や地図・絵などを多く見ることから、レンズや拡大読書器を活用しての墨字使用としている。彼の自立活動の内容は、レンズや拡大読書器の使い方、点字の読みや表記の理解、漢字学習を週に各1時間ずつ設けている。  5年生になった現在、国語や作文などの学習には点字を活用できている。ただ、点字習得後1年が経過しているが、読速度がなかなか向上しないのが悩みである。点字用紙1枚を、初回読みでは4〜5分、2回以降は3分程度で、この半年間、読速度が思ったように向上していない。その原因は、読書量が少ないことと、見えていて墨字と併用しているため、何が何でも点字でなくてはならないという意識が少なく、必死さに欠ける面がある。それでもコツコツとした練習を積み上げ、夏休みには大作1冊を読み上げた。彼の読み技術を検証してみると、高学年になっているため、頭で考える点字の読み方をしていて、予測読みがとても多い。そのため、頭で考えた言葉と実際の点字とを何度も確認するため、繰り返しの触察や言葉を言い改める場面が多く、時間がかかってしまう。よく感じる指を持っているので、指が感じたままに言葉を発するようになると、飛躍的に速度は向上すると思われる。  点字導入は、出来るだけ若い時期の低学年がよい、視力があるとなかなか向上しないと言われることを如実に物語っている例である。同学年に小学3年秋に失明し、冬に墨字から点字に切り替えた児童がいる。点字の導入はほぼ同じぐらいの3ヶ月程度で終了し、4年生の1学期にはたどたどしい読みで、非常に遅かった児童が、夏休みに挑戦した読書で「指の先がしびれるくらい読み続けていたら、ある時急に読むのが楽になった」と本人が語るように、指でたどる文字を追う時の感覚が、頭での理解と発声が一致し、大きな壁を乗り越えられたようだった。その感覚に到達するには、本人の意識と努力がなければならず、指導者側としては手の出しにくい領域であり、点字活用の機会を提供し続けることしかないようである。点字を一部利用し始めた弱視児は、今後点字・墨字の利点をよく理解し、自ら場面に応じて選択活用していけるようになるであろうと期待している。  <参考図書の照会先>    点字学習を支援する会 http://tenji-sien.net        〒221-0005 横浜市神奈川区松見町2-388-29 TEL・FAX 045-431-7685               E-mail smicchi@olive.ocn.ne.jp  ★「視覚障害者の漢字学習 教育用漢字小学1年」           墨字版:点字学習を支援する会           点字版:日本点字図書館 図書製作課 TEL 03-3209-0671  ★「視覚障害者の漢字学習 教育用漢字小学2年」           墨字版:点字学習を支援する会           点字版:日本点字図書館 図書製作課 TEL 03-3209-0671   ★「点字導入学習プログラム」 国際浮出印刷株式会社 TEL 03-3292-8771   ★「点訳便利帳2003年版」 点字学習を支援する会