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視聴覚・放送教育の進歩と中視研のあゆみ
昭和45年度(1970年度)
・組織が改組、小・中の研究会が独立し、横浜市立中学校教育研究会視聴覚教育研究 部会(中視研)が発足した。
・テレビ全校設置5か年計画がスタート。先進校でオープンVTRの利用が始まった。
・家庭におけるテレビ視聴の実態調査がなされ、学習に与える影響、俗悪番組が議論された。
・テープレコーダーは、各校3台〜10台保有し、国語・社会・英語・道徳等で活用された。
・OHP、スライドは各校にあり、理科・社会・美術・数学等で利用された。
昭和46年度(1971年度)
・4月より、テレビ神奈川の放送が始まった。
・テレビ全校設置校で道徳等の一斉視聴が行われるようになった。
・この年の教育機器利用調査によれば、各校でよく利用されている機器は、 @VTR…75% Aスライド…65% B0HP…60%Cシート学習機…46% であった。 ・機器の導入にともない教室をどう変えなければならないかが議論されるようになった。
昭和47年度(1972年度)
・テレビ教材の制作のしかた、校内テレビ放送のあり方が議論されるようになった。 ・シンクロファックス、アナライザー等の授業実践が報告され研究が進められた。
・中視研の研修会ではテレビ番組の自作などが取り上げられた。
昭和48年度(1973年度)
・OHP、VTRの利用が定着する。教育放送の録画利用もよく行われるようになった。
・中視研は事務局、幹事会、研究部、調査部にわかれて活動した。
・翌年の視聴覚教育合同全国大会神奈川(横浜)大会に向けての準備が積極的に進められた。
昭和49年度(1974年度)
・視聴覚教育合同全国大会が鶴見中・中川中・浦島丘中・根岸中・国大附属鎌倉中を会場に開催された。 (5校合わせての大会参加者数は1010人)
昭和50年度(1975年度)
・生徒アナウンサーの講習会(7月、テレビ神奈川)、生徒OHPコンクール(1月、教文センター) 等生徒対象の研修会、コンクールがはじめて開催された。
・トラペンアップが活用されるようになり、授業にOHPが盛んに使われた。 ・視聴覚センターの事業としてOHP、ビデオ自作教材制作も行われるようになった。
昭和51年度(1976年度)
・行事と研究をしっかり区分するために、行事部を研修部に、調査部を調査相談部に変更した。
昭和52年度(1977年度)
・第3回生徒アナウンサー指導者講習会(テレビ神奈川)、第4回生徒アナウンサー指導者講習会(NHK横浜放送局)や初心者研修会、教材制作研修会等、生徒・教
師対象の研修会が盛んに開催された。
昭和53年度(1978年度)
・カラーテレビ、カラーVTR、カセット式VTRが設置されるようになってきた。各校からの出された将来への要望としては、 @VTRの増台 A視聴覚室を設ける B全教室OHP設置 C全教室カラー化 などがあげられた。
昭和54年度(1979年度)
・関ブロ放送教育研究大会を翌年に控え、準備が行われた。
・第22回の市研究集会では、ビデオプロジェクター利用の授業公開等新たな試みがなされ注目された。
昭和55年度(1980年度)
・第31回関東甲信越地方放送教育研究大会が大鳥中学校で開催された。最新の設備を備えたテレビスタジオ、視聴覚室等が注目を集めた。 ・浜視連視聴覚機器利用の手引き(0HP編)が作成された。
・VHS・β方式VTRが普及し始め、各校で行事記録や自作番組の制作が行われるようになってきた。
昭和56年度(1981年度)
・第1回神奈川県校内放送発表大会(現放送コンテスト)がNHK横浜放送局で開催された。県下の予選を経て、アナウンスは23校、朗読は24校の生徒が技を競いあった。 ・テレビ・音声放送機器の進歩にともなって、ニュース・DJ・生徒会だより等の番組が積極的に作られるようになってきた。
昭和57年度(1982年度)
・第1回校内放送生徒作品コンクール(現ビデオコンクール)が開催された。 優秀賞1点、特別賞1点、佳作6点、努力賞13点が選ばれた。
昭和58年度(1983年度)
・昭和59年度関ブロ視聴覚教育研究大会にむけて組織強化と研究の深化を図るため、研究部をパソコン部門・校内放送部門・授業工学部門にわけた。 ・パソコン・ワープロの研究も本格的に始められ、市研究集会でも提案された。
昭和59年度(1984年度) ・第32回関ブロ学校視聴覚教育研究大会が大鳥中学校で開催された。レーザーデイスクの活用した授業やパソコンの授業への導入の可能性が話題となった。
・浜視連視聴覚機器利用の手引き(VTR編)が作成された。
・教育機器保有調査で、パソコンが40校(116校中)、ワープロが28校(116校中)で導入されているという結果を得た。
・NHK横浜放送局の企画により、「私たちの学校」として、県下全体では47校、横浜市内の16校の学校紹介番組がFM放送で放送された。
・第1回NHK杯全国中学校放送コンテストが開催された。
昭和60年度(1985年度)
・ニューメディア時代の視聴覚教育が論じられるようになってきた。
昭和61年度(1986年度)
・市研究集会において、コンピュータを導入した理科の授業実践が報告され、コンピュータの授業での活用が論じられるようになった。
・生徒を対象とした校内放送の技術研修会として、第1回校内放送担当生徒研修会が開催された。
昭和62年度(1987年度)
・研究部授業研究部門主催による公開授業が庄戸中で開催され、授業の中で機器や教 材を気軽に使うためにはどうしていったらよいかが論じられた。
昭和63年度(1988年度)
・神奈川県視聴覚・放送教育研究合同大会(横浜大会)が西柴中を会場に開催された。 ・浜視連「校内放送の手引き」が作成された。
・視聴覚と放送に関する調査で各校の保有する市販ビデオを集約した。
平成元年度(1989年度)
・研修部主催によるパソコン研修会を新設した。第1回「ワープロ」、第2回「成績処理」、第3回「時間割作成」と学期に1回開催したが、大盛況でパソコンに寄せる関心の高さを感じさせた。
・校内放送コンテストを市連合文化祭の一部門として開催するようにした。また、コンテスト上位者を開会式の司会者として、起用することとした。
平成2年度(1990年度)
・授業研究部の主催により、各校で設置が進む視聴覚室を使っての公開授業が西本郷中で開催され、視聴覚教室の活用についての情報交換が行われた。
平成3年度(1991年度)
・市研究集会でOHP・OHC・VTR・パソコン等複数の機器を組み合わせた公開授業が行われ、多メディア時代の視聴覚・放送教育のあり方が論じられた。
・授業研究部門では、パソコン教室を使っての公開授業と研修会が上永谷中で開催され、パソコン教室の活用について情報交換が行われた。
・従来から行われていたのアナウンス講習会と校内放送担当生徒研修会を合体させ、「放送トレセン」とし同時開催するようにした。
平成4年度(1992年度)
・校内放送コンテスト(番組制作部門)をビデオコンテストとし、市連合文化祭の一部門として開催するようにした。校内放送部門、自由部門の2部門を設けた。 ・各区の研究活動と市の研究活動を連携させた。
平成5年度(1993年度)
神奈川県視聴覚・放送教育研究合同大会(横浜大会)が本郷中を会場に開催された。
「視聴覚・放送教育の未来をみつめる」と題したシンポジウムで,大きく変わろうとするこれ
からの視聴覚・放送教育をみつめなおした。
平成6年度(1994年度)
・各校にパソコン教室が設置され,日常的にパソコンが活用される環境が整った。
・パソコンを特別なものとは扱わず,一視聴覚機器と位置づけた。そして,これまでの3研究部門をAVC・校内放送の2研究部門に改めた。
平成7年度(1995年度)
・Windows95も発売され,インターネットをはじめとするパソコンのネットワーク化が進んだ。
研究部としては授業にコンピュータをどう生かすかを論議した。
平成8年度(1996年度)
・インターネット・携帯電話の普及,衛星放送の多チャンネルかが進んだ。
・DTPソフト・デジタルカメラの活用について考えた。
平成9年度(1997年度)
・神奈川県視聴覚・放送教育研究合同大会(横浜大会)が岡村中を会場に開催された。
テレビ会議システムによる岡村中と岡崎市立城北中途の学校間交流を実践発表した。
・AVC研究部が中心となり,中視研ホームページを開設した。
平成10年度(1998年度)
・各中学校にインターネットが利用できる環境が整い始め,その利用方法の研究を更に進めていった。
・インターネットが22台のパソコンにつないである中和田中で授業公開をした。
NHK杯 全国中学校放送コンテスト
横浜市関係の入賞記録
| 回 |
部 門 |
賞 |
校 名 |
タイトル・氏名 |
第1回 59年度 |
ラジオ番組 |
優 秀 |
西柴中学校 |
「無人購買部を考える」 |
| テレビ番組 |
優 秀 |
六ッ川中学校 |
「白銀は招く・六ッ川中スキー訓練会」 |
| 優 良 |
金沢中学校 |
「スタジオ・イン・金中」 |
第2回 60年度 |
ラジオ番組 |
優 良 |
西柴中学校 |
「生徒会は今」 |
第3回 61年度 |
アナウンス |
優 良 |
六ッ川中学校 |
S.Mさん |
| 入 選 |
万騎が原中学校 |
M.Sさん |
| 朗 読 |
優 秀 |
万騎が原中学校 |
Y.Yさん |
| 入 選 |
富岡中学校 |
Y.Mさん |
| 六ッ川中学校 |
Y.Gくん |
| 西柴中学校 |
M.Aさん |
第4回 62年度 |
アナウンス |
優 良 |
大道中学校 |
M.Aさん |
| 入 選 |
大正中学校 |
T.Oくん |
| 富岡中学校 |
M.Hさん |
第5回 63年度 |
ラジオ番組 |
優 良 |
富岡中学校 |
「英語の学習を見直そう」 |
| 西柴中学校 |
「親の心 子供の心」 |
| テレビ番組 |
優 良 |
西柴中学校 |
「私達の歩道橋が危ない」 |
第6回 元年度 |
アナウンス |
入 選 |
小山台中学校 |
A.Mさん |
| ラジオ番組 |
優 秀 |
西柴中学校 |
「チャイム着席を考える」 |
| テレビ番組 |
優 良 |
富岡中学校 |
「文化祭=お祭り!?」 |
第7回 2年度 |
アナウンス |
入 選 |
笹下中学校 |
M.Iさん |
第8回 3年度 |
アナウンス |
優 良 |
笹下中学校 |
M.Iさん |
| 入 選 |
西柴中学校 |
M.Nさん |
| 朗 読 |
入 選 |
小山台中学校 |
A.Sさん |
| ラジオ番組 |
優 秀 |
西柴中学校 |
「無人購買部を考える」 |
| テレビ番組 |
最優秀 |
富岡中学校 |
「節約はこれだけ?!」 |
第9回 4年度 |
朗 読 |
入 選 |
共進中学校 |
K.Yくん |
| テレビ番組 |
優 良 |
金沢中学校 |
「学校5日制について」 |
| 西柴中学校 |
「むだになっていませんか?〜公共物〜」 |
第11回 6年度 |
アナウンス |
入 選 |
小山台中学校 |
H.Sさん |
| 港中学校 |
S.Tさん |
| 富岡中学校 |
S.Mさん |
| 朗 読 |
入 選 |
西柴中学校 |
H.Kさん |
| 本牧中学校 |
M.Nさん |
| 小山台中学校 |
K.Tさん |
| テレビ番組 |
優 秀 |
港中学校 |
まわりを見つめて |
第12回 7年度 |
アナウンス |
入 選 |
浜中学校 |
E.Iさん |
| 共進中学校 |
Y.Mさん |
| ラジオ番組 |
入 選 |
西柴中学校 |
「勇気を出せば 〜いじめのない明日へ〜」 |
| テレビ番組 |
優 秀 |
浜中学校 |
Weekly Jurnal Neo |
第13回 8年度 |
アナウンス |
入 選 |
西柴中学校 |
M.Tさん |
| 朗 読 |
優 秀 |
小山台中学校 |
M.Sさん |
| 入 選 |
本牧中学校 |
Y.Tさん |
第14回 9年度 |
アナウンス |
優 良 |
本牧中学校 |
K.Iさん |
| 朗 読 |
入 選 |
南が丘中学校 |
N.Hさん |
第15回 10年度 |
アナウンス |
優 良 |
本牧中学校 |
K.Iさん |
| 入 選 |
富士見丘中学校 |
S.Tさん |
| 朗 読 |
入 選 |
新田中学校 |
S.Fさん |
| テレビ番組 |
優 良 |
浜中学校 |
百点戦士テストマン2 |
第16回 11年度 |
アナウンス |
入 選 |
新田中学校 |
S.Mさん |
| 本牧中学校 |
K.Sさん |
| 富士見丘中学校 |
O.Gさん |
| 捜真中学校 |
O.Nさん |
| 朗 読 |
入 選 |
捜真中学校 |
T.Oさん |
| ラジオ番組 |
入 選 |
捜真中学校 |
心のパン屋さん |
| テレビ番組 |
優 秀 |
浜中学校 |
Weekly jornal Neo わがままですか |
| 優 良 |
中山中学校 |
放送部スペシャル 平和 |
|